表題番号:2003A-931 日付:2006/11/13
研究課題「冷え症」の生理学的機序の研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) スポーツ科学部 教授 彼末 一之
研究成果概要
日本では多くの女性が「冷え症」を訴えており、最近では自分が「冷え症」であると感じている男性も多くなっているようである.しかし、冷え症は西洋医学では定義されておらず、また重篤な疾患に発展することもないので、現代医学では無視されているのが実状である.むしろ冷え症は漢方医学の領域で研究されてきている.ただこれも現象論的な考察に留まっており、その実体、病因は不明である.そこで我々はこの問題を生理学的実験を行って検討した.8名ずつの冷え症群、非冷え症群の成人女性に中程度(23.5℃)の寒冷暴露を行い、そのときの体温、温熱感覚、血中ホルモンなどを測定した.被験者には「寒冷に曝されたときに他の人たちより寒さを感ずるか?」、「冷たいので夏でも素足でいるのは嫌いか?」など10の質問を行い、8つ以上の問に「Yes」と答えたものを「冷え症」、「Yes」が3つ以下のものを「非冷え症」とした.寒冷暴露中の皮膚温、深部温(直腸温)は両群に差がなかった.しかし同じ環境温度でも冷え症群は非冷え症群に比べて有意に強い「寒さ」を申告していた.また冷え症群は代謝量が有意に低値を示した.血中物質ではアドレナリン、コーチゾルなどに有意差は認められなかったが、甲状腺ホルモン(T4)が冷え症群で有意に低値であった.ただしこれは正常範囲であり「病的」とはいえない.
この実験から以下のような仮説が考えられた(図5).つまり、・「冷え症」を訴える女性はそうでないものに比べて甲状腺機能が低下している.・甲状腺ホルモンは代謝を促進する作用があるので、そのような女性は低代謝、つまり熱産生量が低くなるであろう.・そこで体温を維持するためには体から逃げる熱量(熱放散)を低く抑える必要がある.熱放散量は皮膚血管の拡張、収縮で調節される.皮膚血管が収縮すれば皮膚を流れる血液量が少なくなり、外界への熱放散が少なくなる.つまり低代謝の女性は皮膚血管が収縮傾向にあるであろう.・するとその部位の皮膚温は低下する.・この反応は特に末端部(手足)から起こるので、そこに「冷え」を感ずる.一方、・低代謝への適応反応として寒冷環境を避けるような行動が促進する.・これは寒冷刺激に対する、温熱的快・不快感の鋭敏化として現れる.・つまり同じ温度条件でもより「寒さ」を感ずるようになる.以上の仮説によれは冷え症の根本原因は甲状腺機能低下による低代謝であり、末梢の「冷え」あるいは「寒さ」は体温を維持するための正常な反応の結果である.