表題番号:2003A-865 日付:2004/03/26
研究課題高度成長期から現在までの日本の橋梁デザインの系譜
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学部 教授 佐々木 葉
研究成果概要
・高度成長期に設立され、1962年の開通以来現在まで首都圏において建設を続けてきた、首都高速道路公団による高架橋を対象としてそのデザインの変遷を把握した。その際に、構造物形態に影響を与える設計基準の変遷との関係、構造物の立地環境(都心か郊外部かなど)との関係を考慮した。得られた主な結果は以下の通りである。
・設計基準は40年間を通じて常時改定が重ねられている。そのなかで景観に対する配慮が明示された基準は1980年代以降90年代初頭までの間に見られる。またこの時期は公団内部において景観に対する調査研究が行われていた時期でもある。
・首都高を代表する31の高架橋について、外観の印象に関わる部材寸法(スパン、桁高、幅員、桁下高、橋脚寸法など)の組み合わせを説明変数として主成分分析を行った結果、外観の印象を示す成分と、架橋条件を示す成分とが抽出された。この主成分得点によって、各高架橋のデザイン特性と建設時期の関係を立地も考慮して分析した。その結果、1960年代に都心部に建設されたグループ、1970年代前半に建設されたグループ、1970年代後半以降比較的郊外に建設されたグループに大別された。第1のグループは、都心部であるため架橋条件が悪いものの外観の印象はよいものが多い。これはRC床版厚の基準などがあまり厳しくなかったこともあり比較的軽快なデザインとすることができたこと、と同時に皇居周辺を通過するために特段の景観的配慮が払われたためと解釈できる。第2のグループは、外観の印象が悪いものが多く含まれている。架橋環境はよいものも悪いものもあるために、この時期において景観的配慮が見られなくなったと考えられるが、設計基準の改定によってそれ以前より軽快な部材構成が難しくなったことも影響していると推測される。第3のグループの1970年代後半以降では、外観の印象はよいものが多い。郊外部に立地し架橋条件がよいことと、80年代以降の景観配慮の傾向が強まったことことを反映していると考えられる。
・以上のように、高度成長期以降現代までの首都高速道路の高架橋デザインの変遷を把握することができた。さらに今後、他の主体による同時期の構造物デザインの変遷との比較を行い、その共通点と相違点を明らかにしていきたい。