表題番号:2003A-818 日付:2006/10/18
研究課題刑法的因果関係と科学的因果説明
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学部 助手 杉本 一敏
研究成果概要
 本課題においては、刑法上の所謂「事実的因果関係」要件論において、(1)「科学的因果説明」のモデルとの間に判断構造上どのような同質性が認められるか、また、具体的判断において、(2)「科学的因果説明」のモデルがどのように援用されているか(され得るか)、という点につきその基礎的知見を得ることを目的としている。(1)は、専ら理論学的平面において(静的な)判断構造の解明を目指すものであり、(2)は、刑法上の答責帰属判断の上で、科学的因果説明に倣った言説・論法が如何なる位置づけを持ち、如何なる機能を果たし得るかという、所謂メタ理論的な関心に関わる問題である。刑法上の(事実的)因果関係要件論の意義・機能を把握するためには、この両側面の区別と、各々の考察が不可欠である。
 (1)第一の判断構造上の問題については、科学的因果説明モデルが刑法上の因果関係学説にどのように組み入れられているかの考察が必要であり、若干の学説検討から、刑法上の近時の合法則的因果関係論が、科学説明学説上の所謂「カバー法則モデル」(D-N説明、I-S説明、ないしD-S説明)と同質のものであり、或いはそれを意識的に援用するものであることが確認された。学説史的な受容経緯に関する考察は、今後の継続的課題である。
 (2)第二の側面に関しては、まず、上の刑法上の因果関係論が、刑事訴訟上の因果関係立証の動的なプロセスを謂わば静的に把握し直したものに他ならないこと、ひいては、特に刑法的因果関係要件(をはじめとする理論的に構成された要件)に対しては、証明論からの要請が実体刑法上の要件論に影響を及ぼすものであることが、断片的ながら確認された。その点に基づき、既に主張されている諸々のメタ理論的な刑法学説の方向性に倣って、刑法的因果関係論の検討に際して因果関係命題の所謂「語用論」的な検討を行うことの必要性が明らかとなった。即ち、因果関係要件論の理論学的平面と、それが刑法的判断において実際に援用される平面とでは、因果関係命題に伴う(語用論的な)趣旨が異なっており、前者を規制する(「事実確認的」レベルでの)理論的規則と後者を規制する(刑事「帰属的」な)メタ規則とを区別する立体的把握が必要であるということが確認された。その詳細な構造分析は今後の継続的課題である。