表題番号:2003A-596 日付:2005/03/28
研究課題鳥類初期胚体節培養系を用いた骨格筋の発生と分化の制御機構に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学学術院 教授 木村 一郎
研究成果概要
 本研究は,肝細胞成長因子/分散因子(Hepatocyte Growth Factor/Scatter Factor:HGF/SF)が筋前駆細胞の走化性誘引物質かという問題と発生生物学の大きな命題である細胞の「移動」と「接着」の観点から,筋原細胞,特に初期体節由来筋前駆細胞の移動と接着に対するHGF/SFの役割について,ニワトリ3日胚体節組織培養や,タイムラプスビデオ撮影,ホールマウント免疫染色,HGF/SFビーズ移植などを通じて,in vitroおよび in vivoの両方の視点から考察することを目的としたものである。
 無処理対照の肢芽部位培養体節腹唇に由来する移動最前縁部の細胞は,紡錘形を呈する筋様細胞と,線維芽細胞様もしくは上皮細胞様の扁平な形状の細胞の混在が認められたが,終濃度10ng/mlでHGF/SF処理をすると,この前縁部の細胞はほとんど紡錘形の筋原細胞となった。これらは,抗デスミン抗体や,抗Myf-5抗体,抗N-カドヘリン抗体を用いた免疫染色の結果から,筋前駆細胞,筋原細胞であることが明らかとなった。タイムラプス映像から, HGF/SFの作用によって,筋前駆細胞の運動性と増殖が顕著に促進されていることが明らかとなり,その運動はラッフリング,葉状仮足の形成と細胞極性をともなう進行方向への細胞伸展という特徴を持つことが分かった。
 また,HGF/SFによって筋前駆細胞は分散・移動を亢進されるが,N-カドヘリンを細胞表面,細胞接着面に小斑状に発現し,筋管細胞への融合,分化が抑えられ,移動,接着,解離を絶え間なく繰り返すうちに増殖期に入った。このHGF/SF処理による移動性の亢進,増殖は,抗HGF/SF抗体によって顕著に抑制され,その結果としてN-カドヘリンの細胞間接着面への局在化,Myf-5の核への蓄積を伴う筋芽細胞,筋管細胞への分化が生じた。またこの培養系において,内在性のHGF/SFをあらかじめ無効にする抗HGF/SF抗体で処理すると,筋系譜への移行に障害が生じたと思われる細胞接着が強固な上皮様細胞群が出現した。
 これらの結果から,HGF/SFは,上皮様の接着・特性を持つ移動筋前駆細胞が筋系譜へと移行する上皮-間充識転換の局面に何らかの形で関与しており,胚体内の腹唇においては既に筋前駆細胞として発生運命が決定されていると思われるこれら細胞のカドヘリンを介した接着を解くことで,遊走可能な間葉細胞(筋前駆細胞)にし,筋決定をより確実なものにする役割を担っていることが示唆された。さらに,in vitroにおける体節や肢芽の組織培養とその近傍へのHGF/SFビーズ静置実験, および in vivoでの胚体内へのHGF/SFビーズ移植実験などの結果は,HGF/SFが体節筋前駆細胞に対して走化性誘引物質として働いている可能性をより強めるものとなった。