表題番号:2002C-008 日付:2004/03/26
研究課題地方自治体主導型地域主義の研究―欧州・アジア・北米型モデルの比較分析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学部 教授 多賀 秀敏
研究成果概要
【概要】
 本研究の背後には、国家間関係のみが国際社会を支配する要素である時代は移行期にあり、国際社会のより現実的な理解のためには、さまざまな形で登場した越境的社会単位の研究を推進しなければならないという認識である。しかも、その中で、地方自治体や市民社会などのアクターが、どのような役割を担い、どのような活動をしているのかを明らかにし、同時に越境的ガバナンスがあり得るのかいな架、また地域によって特有の実態があるのかないのか比較研究することを課題とした。アジアに萌芽的な自治体主導型の越境広域経営について研究と考察を加えることを主な目的とし、地域統合が進展する欧州の事例研究報告を受け、中南米、太平洋島嶼地域の現状分析を踏まえ、アジアの越境広域経営とその要件について分析を行った。
 当初は、多賀秀敏(統括責任者、東南アジア)、大畠英樹(国家間関係)、Francois Gipouloux(経済交流、アジア地方自治体)Seksin Srivatananukulkit(タイ北部越境自治体協力)の4名で出発した。つぎの方々に研究協力者として、報告等分担していただいた。佐藤幸男(自治体間格差、開発問題)、佐渡友哲、(環日本海交)、高橋和(東欧比較研究)、若月章(環日本海地域圏の成り立ち)、大津浩(自治体地域協力・地域主義の法的側面)、柑本英雄(地方自治体のアイデンティティ)、臼井陽一郎(EU論、補完性原理)、奥迫元(国家間関係、太平洋地域)、Kosum Saichan(チェンマイ越境協力)、具正謨(国際地域経済協力)、李起豪(市民社会論)である。また、この全体ティームで、COE「アジア学の創生:グローバリゼーションとリージョナリズム・クラスター:東アジアにおける越境広域経営の比較研究」にくわわったことから、竹村卓(中南米研究)、堀内賢志(ロシア極東研究)、五十嵐誠一(アジア市民社会論)、森川裕二(東南アジア経済協力)に新たに協力願った。
 以下に研究の結果、提示されたファインディングス、新たな課題を紹介する。
 MLによる活発・意見交換と、2回の国際会議を開催して、下記に紹介する全247頁の報告書を成果として生み出した。
 統括責任者の多賀が、今次研究の地域別4部構成の報告と議論についての枠組みを提示。その中で、越境広域経営の視点のひとつとして、政治を頂点にして、価値観の共有、そして経済、さらに人的ネットワークが基底となる階層構造に言及。このヒエラルキーとアイデンティティが逆相関をなし、アイデンティティの形成で後れをとるアジアがいかに現状を拡幅するか、との問題を提起した。
「西欧」
 臼井助教授は、「EUの現況」として欧州憲法条約草案の策定過程と内容について、国家間合意と欧州市民間の社会契約という2つの概念に焦点を置き分析し、欧州統合プロセスにおけるポスト・ナショナルな性格をもつ政体の生成を示唆した。柑本助教授は、「欧州地域政策おける越境広域経営」と「マルチレベルガバナンス(MLG)」の比較により、「欧州における越境広域経営」の発展過程を時系列的に分析。超国家・国家・地方自治体−各レベルの重層形成と行為主体の相互の影響関係についての分析視角を示した。とくに、超国家組織、国家を「政策容器」として捉え、上記の影響関係と地域政策プログラムによる政治決定量の増減の考察から、「越境」する地方自治体が「国際行為主体へ変容」する関係に着目。そうした「マルチレベルガバナンス」が、「越境広域経営」出現の環境を整えていると結論を導き出した。 
「東欧」
 高橋教授によると、EU東方拡大と旧ユーゴ地域の問題発生とバルカン地域で、先進国主導の「上から」の越境協力が、二重権力状態を生起し、さまざまな問題を露呈している。そうした現状の分析から、途上国・地域がイニシアティブを発揮する「下位協力」の有効性を提起した。堀内研究員は、「カリンニングラード州と沿海地方」の両地域政策の矛盾を、旧ソ連末から現政権に至る連邦秩序の形成過程の中で明らかにし、EU拡大と東アジア外交という各地域が隣接する越境広域経営との関係拡大を、ロシアの中央・地方関係を左右する要因のひとつに位置づけた。
「アジア」
 佐渡友教授は「アジア地域研究の諸アプローチ」報告のなかで、東アジア共同体構想をめぐる政策提言のレビューに併せ、「内発的多層的交流」から段階的に地域的共同体へと向かうスピルオーバー仮説の展望を総括として提起。若月助教授は、「最近の環日本海研究の動向とその課題」と題し、アジア越境広域研究における概説書的指針の必要性を指摘した。李氏は、韓国の市民社会の変化を東アジアの中にとらえて、価値、人材、カネ、情報、知識、国家、領域(共育)−7項目を「アジアの市民インフラ創り」として提言した。五十嵐助手は、「出現する北東アジア共同体:市民社会の観点から」と題し、国民国家主導による北東アジア共同体形成の困難性から、NPOをはじめとする市民社会のアクターによって創出される「協力と超国家的空間」の役割を強調した。
「ラ米・太平洋」
 竹村教授が、「下位地域型」の北米自由貿易協定(NAFTA)とMERCOSUR、「下位下位地域型」の中米自由貿易協定(CAFTA)およびコスタリカ・ニカラグア国境地域開発構想、カリブ諸国連合、カリブ地域支援構想、という越境広域分類に基づき、60年代の中南米地域主義の挫折と現在の越境経営に見る中央政府と地方政府の関係、対外要因としての米国の関係が錯綜する現状を紹介した。
奥迫氏からは、太平洋諸島地域において「越境広域経営」の萌芽が形成されつつあると言い難い現状から、「越境広域地域」協力関係が、同地域の形成途上にある極小国家の分裂の契機となる可能性を示唆。 
[総括] 
 佐藤教授から、米国覇権主義を支える豪州の現下の同地域における行動など、国際環境の流動性を先導する同地域の一断面として紹介されるなど、越境広域経営の視点としてグローバル化とその対立が提起された。大畠教授から、「グローバル化の時代」を迎え、非国家的主体の関与、国家の変化と再構成、という越境広域研究の視点が改めて指摘された。併せて、大東亜共栄圏の負の遺産や北朝鮮を欠いた現在の共同体構想といった問題克服の必要性が指摘される一方、越境する国際テロを巡るASEANを中心とする対応を模索する動きなど、越境広域経営への胎動を取り上げ総括として締めくくった。