表題番号:2002B-030 日付:2004/03/30
研究課題持久的およびスプリント的パフォーマンスに及ぼす低酸素環境居住の影響
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) スポーツ科学部 教授 村岡 功
研究成果概要
【目的】 従来の高地トレーニングに代わる新たな方法として、”Living High, Training Low(LH-TL)”法が注目されている。また、同様の目的で、低酸素室に滞在し平地でトレーニングすることも行われている。我々はこれまでに、一般成人男性を対象として常圧低酸素室滞在による影響について検討を行い、低酸素刺激に対する換気応答(HVR)の亢進と、赤血球新生を刺激する点で効果的であるという結果を得ている。しかしながら、本来のこの種のトレーニングの目的として、競技者を対象とした検討が重要であるが、これまで競技レベルの高い競技者についての検討は少ないのが現状である。
 一方で、高地滞在や低酸素室滞在の初期段階においては、酸素不足により有気的代謝機能が抑制され、それを補うために無気的代謝機能が亢進すると予想することもできる。事実、近年、低酸素室滞在により400m走タイムが有意に改善することや、4分間運動時のピークパワーおよび平均パワーや最大酸素借が向上したとの報告もみられている。
 そこで本研究では、低酸素室滞在と平地でのトレーニング(LH-TL)が、(1)陸上競技長距離選手の生理・生化学的応答および持久的能力に及ぼす影響、および(2)陸上競技短距離選手の生理・生化学的応答およびスプリント能力に及ぼす影響を検討することとした。
【方法】(実験1)陸上競技長距離種目を専門とする男子大学性12名(VO2max;69.0±4.3ml/kg/分)を、実験(LH)群と対照(LC)群に分け、両群とも通常の平地でのトレーニングを行う一方で、LH群は高度2,500m相当(酸素濃度15.4%)に設定した常圧低酸素室に1日10時間、10日間連続して滞在した。実験期間前後および期間中に血液性状を分析し、赤血球数、網状赤血球数、Hb濃度および血清EPO濃度を求めた。また、低酸素室滞在中に動脈血酸素飽和度(SpO2)を、低酸素室滞在前、滞在3日後、10日後および滞在終了1週間後にHVRを測定した。さらに、漸増運動負荷テストを低酸素室滞在前、滞在終了直後および1週間後に行い、酸素摂取量(VO2)と血中乳酸濃度を測定した。
 (実験2)陸上競技短距離種目を専門とする男子大学生12名を、実験(SH)群と対照(SC)群とに分け、両群とも通常の平地でのトレーニングを行う一方で、SH群は高度2,500m相当(酸素濃度15.4%)に設定した常圧低酸素室に1日10時間、7日間連続して滞在した。実験期間前後および終了1週間後に血液性状を分析し、赤血球数、網状赤血球数、白血球数、Hb濃度、Hct値、血清EPO濃度およびCK値を求めた。また、自転車エルゴメータを用いた超最大運動テスト(ウィンゲートテスト)を低酸素室滞在前、滞在終了直後および1週間後に行い、ピークパワー、平均パワー、血中乳酸濃度および酸素負債量を測定した。
【結果】(実験1)SpO2は低酸素室への入室により94%前後に有意に低下した。また、睡眠時はより顕著に低下したが、滞在日数に伴い低下の度合が少なくなる傾向がみられた。血清EPO濃度は、滞在1日目に滞在前値の約1.6倍へと有意に上昇した。さらに、赤血球数およびHb濃度に変化はみられなかったが、網状赤血球数は滞在10日目に有意に上昇したが、滞在終了1週間後には前値に戻った。HVRは低酸素室滞在に伴い有意に向上し、滞在終了1週間後も滞在直後よりは低下する傾向はみられたものの、滞在前と比較して有意に高値を示した。漸増運動負荷テストにおいて、分速320m(91%Vo2max)走行時のVO2に変化はみられなかったが、血中乳酸濃度はLH群でのみ滞在後に有意に低値を示した。しかし、最大運動時のVO2および血中乳酸濃度には、両群とも滞在前と比較して有意な変化はみられず、連続運動時間(パフォーマンス)についても、有意な変化はみられなかった。
 (実験2)
SH群の血清EPOは、7日間の低酸素室滞在により有意に上昇し、その上昇は滞在終了1週間後においても維持された。また、SH群の網状赤血球数は滞在終了1週間後に有意な上昇を示していた。30秒間の全力ペダリング運動において、最大パワーに変化はみられなかったが、SH群の平均パワーは、滞在直後および滞在1週間後に有意な増加を示した。また、SH群における運動後の血中乳酸濃度は、滞在後に有意な低値を示す傾向にあった一方で、酸素負債量については滞在後に増加する傾向にあった。また、運動中および運動後における過剰CO2排出量については、SH群において滞在直後および1週間後に有意な増加がみられた。
【結論】以上の結果から、長距離選手においても、10日間のLH-TL法によって一般健常成人と同様に、赤血球新生への刺激とHVRに対しての効果が得られ、低酸素暴露に伴う適応がみられると考えられた。また、最大下運動時の血中乳酸濃度を低下させる可能性が示唆された。
 一方、短距離選手においては、7日間のLH-TL法によって、平均パワーに有意な向上がみられ、さらに、酸素負債量の上昇傾向と過剰CO2排出量の有意な上昇がみられ、これらのことから、LH-TL法は無気的解糖系に影響を及ぼし、スプリント能力を向上させると思われた。