表題番号:2002A-507 日付:2008/05/25
研究課題変動する企業組織と労働法の再建築 〈組織の範囲〉と〈組織の成員〉の視角から
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学部 教授 石田 眞
研究成果概要
本研究は、労働法学が変動する企業組織の変動を捉えるために、(1)企業組織の内部と外部の境界を画する「組織の範囲」がどのように変化したのかという<組織範囲の変動>と、(2)その内部を構成する「成員構成」がどのように変化したのかという<成員構成の変動>という二つの視角を提示し、かかる二つの視覚から労働法の変容に迫ったものである。その結果、以下のような知見と課題が明らかになった。
第一に、企業の組織範囲の側面からみると、次の諸点の中に変化を読み取ることができる。すなわち、伝統的な企業組織と異なり、組織の範囲が一つの法人格内で完結しない企業組織が多様なかたちで生まれている。すなわち、資本関係(株式保有)や人的関係(役員派遣等)を通じて企業グループが形成され、そこでは、法人格としては独立した複数の企業が「共通の目標」と「命令・服従の体系」をもつ企業組織として機能している。もとより、そうした企業組織の作り方としては、強い「命令・服従」の体系をもつ垂直統合型と、弱い「依存・従属」の体系をもつ水平統合型の二つがあるが、いずれにせよ、法人格によって画された伝統的な企業組織が変容し、組織範囲の問題としては、法人格によって画された法的な概念としての企業組織と、実際に経済行動を行う単位である企業組織との間に齟齬が生じている。こうした企業の組織範囲の変動は、純粋持株会社の解禁、会社分割法制の創設、民事再生法の制定など、資本所有による支配や分社化を促進する法律の整備によってますます促進されている。
第二に、企業組織の成員構成の側面からみると、次の諸点の中に変化を読み取ることができる。一つは、伝統的な企業組織において中核的な成員であった正規従業員が減少する一方、パートタイマー、契約社員、臨時労働者などのいわゆる非正規従業員が増大していることである。しかも、パートタイマーの基幹化・戦力化が進行し、偽装パートの存在とともに、企業組織の成員としての正規従業員とパートタイマーの差は相対化している。また、企業再編の一手法としてのアウトソーシングによって、自営業者や派遣労働者の活用だけでなく、委託企業(ユーザー企業)と緊密な協調を伴う受託企業(請負企業)を労働者ごと企業組織に組み入れるという事態が進行していることである。   さらに、情報化の進展と情報技術の発達は、テレワークなどのネットワークによって結びつけられた在宅勤務者を成員として企業組織に組み入れると同時に、企業組織の内部編成をますます仮想化している
以上の知見を踏まえて、本研究で明らかになった課題を提示すると以下のようになる。
第一に、企業組織の範囲の側面では、戦略的組織再編の進展によって形式的な法人格を超えた企業の範囲が作り出され、そのことが、同一法人格を組織の範囲とした伝統的労働法モデルを揺さぶっている。こうした企業組織の戦略的再編は、二つの方向をとっている。一つは、従来事業経営に一本化されていた経営の機能を、事業経営機能と戦略投資的経営機能に分化させる資本を通じた企業再編(企業分割や持株会社化)の方向であり、もう一つは、従来の事業経営の一部を外注化し、それを業務請負企業に請負わせる契約を通じた企業再編(いわゆるアウトソーシング)の方向である。この企業再編の二つの方向は、それぞれの企業によって選択的に採用されるだけでなく、同じ企業において同時に採用される場合もある。その結果、雇用責任主体は恐ろしく不明確となり、企業は、解雇という手段をとるまでもなく、資本の引き上げや契約の解除という企業組織再編の手法を通じて雇用責任を容易に回避することができるのである。
このような企業組織の再編に伴う雇用責任追及の法理としては、従来、①黙示の労働契約の法理や、②法人格否認の法理が主張されてきた。しかし、これらの法理も、従属企業が企業としての独立性をもち、法人を道具として意のままに支配しているという「支配の要件」に合致しない場合には、雇用責任追及の法理として有効な機能をもちえない状況にある。使用者とは誰か、雇用責任とは何かということも含め、企業の組織範囲の変動に対応する使用者概念や雇用責任追及の法理の構築が課題である。
第二に、企業組織の成員構成の側面では、請負や委任などの労働契約によらない契約形式で企業と結びつく労働者が増大し、そのことが、期間の定めのない労働契約を締結した正規従業員を企業組織の主たる成員とし、それらを保護の対象とした伝統的労働法モデルを揺さぶっている。そして、その結果、二つのことが課題となっている。一つは、企業組織を重層的・多面的に構成している労働契約以外の労務供給契約の労働法的な位置づけの問題であり、もう一つは、労働契約以外の契約に基づいて労務を提供する就業者の保護の問題である。
前者の課題(労務供給契約の新たな位置づけ)にかかわっては、「労働契約=従属労働」「請負・委任=独立労働」という二分法に基づく従来の労働契約論を超える法理を求めることになるが、その際重要なことは、労働契約以外の請負や委任といった契約形態であっても、それらが企業組織を舞台に展開しているこということである。すなわち、労働契約が継続性と組織性をもつと同様に、請負や委任も、企業組織を舞台として展開する限り、それらは、同じく継続性と組織性を有することになる。そして、どうであるとすると、かかる労務供給契約に関しては、継続性をもつ契約の「組織型」にふさわしい法規制と解釈原理が必要となる。例えば、委任契約の解除についても、関係継続性についての期待利益を媒介に、労働契約にかかわる解雇権濫用規制と同様の解雇制限法理が追求されることなる。
後者の課題(労働契約以外の契約に基づいて労務の供給する就業者の保護)にかかわっては、使用従属関係を基準に労働者と非労働者を分ける二分法を超える法理を求める必要がある。それは、かかる二分法が、従属労働によって労働契約と非労働契約を分ける二分法と同様に、企業組織の多様な構成員を平等かつ公正に保護する方向と相容れないからである。使用者は、同じ企業組織を構成する成員に対し、平等な取扱をする義務があるという視点からの契約労働者の保護が課題となる所以である。