表題番号:2001B-027 日付:2003/05/09
研究課題地中海島嶼部における祝祭と島民意識の歴史民族学的比較研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 人間科学部 教授 蔵持 不三也
(連携研究者) 文学部 助教授 森原 隆
研究成果概要
 予定していた祝祭は諸般の事情で中止のやむなきに至ったため、今回の調査研究ではコルシカ島の島民意識、とくに「コルシカ・アイデンティティ」に関わる表象の問題を対象に取り上げた。具体的には、コルシカ島(とその南に位置するサルデーニャ島)のエンブレムとして有名な「ムーア人の頭」である。黒人若者が頭に鉢巻きをした図柄のこのエンブレムは、現在島内の町の通りや新聞、商店の看板、建物、さらには土産物などに刻まれ、描かれており、スポーツ(フットボールなど)の応援旗や独立運動の旗印にも必ずといってよいほど見ることができる。
 このエンブレムは、18世紀末に登場したコルシカ独立の英雄パスカル・パオリが、それまで目に白布をかけた図柄(隷属の象徴的表現)から、今日見るような鉢巻き姿の頭部(覚醒の表現)に変えたものとされているが、歴史資料や紋章学、さらには歴史地図をはじめとする造形表現をクロノロジックに比較することによって、じつはこうした「ムーア人の頭」のエンブレムが、地中海沿岸部のみならず、東ローマ帝国内の都市や西ヨーロッパ各地の貴族の紋章としても用いられており、その起源伝承には①スペイン・アラゴン王家系統(アラゴン王が駆逐したムーア人=侵略者の指導者の首)、②十字軍系統(聖地を支配していた異教徒サラセン人の指導者の首)、③聖マウリシウス系統(スイスのサン=モリッツで殉教した聖人への信仰表現)の三通りがあることを確認することができた。つまり、パオリはこうした伝承系に位置する「ムーア人の頭」に、新たな意味を与え、これを独立を希求する島民の統合シンボルに仕立てあげたといえる。
 だが、コルシカ島のエンブレムでありながら、なぜ「黒人の頭部」なのか。なおも完全には氷解しえぬ疑問だが、おそらくそれは「ムーア(モール)人」という呼称が「モーリタニア人」=「黒人」を意味していたという、語源的・歴史的背景が伝承といつしか分かちがたく結びついた結果と思われる。今後のさらなる調査が必要とされる所以である。