表題番号:2001A-599 日付:2003/05/13
研究課題近世ロンドンにおける人の移動と社会関係
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学部 教授 中野 忠
研究成果概要
16世紀から19世紀にかけ、ロンドンは5万程度の中世都市から100万人の大都市へと急成長を遂げ、ヨーロッパ史上例のない急激な都市化を経験した。少なくともこの都市化の初期の局面では、前工業化都市特有の高い死亡率のため、ロンドンは大量の移民を必要とした。その構成員がたえず交替するという意味で、この時期のロンドンはイギリスのどこよりも高い回転率turn-over rate、移動性をもった流動的社会だった。だがその一方で、この間のロンドンの地域社会は相対的に安定した機能を果たし続けていたといわれている。本研究の目的は、この一見、両立しがたいように見える高い移動性と地域社会の安定を整合的に説明する諸要因を明らかにすることである。今年度の研究では、課税の記録を用いて、この問題に接近した。
17世紀末には多数の直接税が課され、ロンドンに関してもそのために作成された大量の記録が残っている。本年度の研究では、これら課税にあたって誰が徴収役を勤めたか、という事実に焦点を当て、シティの中心部の一地域(Cornhill Ward)と郊外の代表的地域(St Dunstans in the West)を事例にとりあげながら、移動と地域社会の問題を具体的、実証的に分析した。
暫定的な結論の主なものは次の通りである。1)直接税を徴収するための専門的な徴税役は存在せず、当該地域の住人が原則として交替でこれを勤めた。2)徴税役を勤めたのは、経済的地位も社会的地位も特別に高くも低くもない、平均的な住人だった。3)徴税役は比較的若い、ないしは比較的最近の移住者が勤める傾向があった。4)彼らの多くはその後もそれぞれの区に残って、地域の役職を経験した。5)1666年の大火は地域社会の住民構成に大きな変化をもたらしたが、その影響は一時的で、70年代後半以後は、徴税役を経験するような住人は比較的長く同一地域に住みつづける傾向があった。6)高い移動性をもったのは、この住人グループの上(例えばジェントリや最富裕商人)または下の層(貧民)に属していたと推定される。7)地域社会の安定性を支える力となったのは、徴税役を勤めるような定着性をもった住人グループの存在であった。