表題番号:2001A-544 日付:2003/05/08
研究課題ニコラウス・クザーヌスにおける<周縁からの眼差し>に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学部 教授 八巻 和彦
研究成果概要
 本研究は、ニコラウス・クザーヌス (Nicolaus Cusanus 1401-1464) の思想の中に存在する、多様な意味での<周縁からの眼差し>を摘出し、その視点の現代的意義を明らかにすることを目的とした。
 <周縁からの眼差し>の多様な意味とは、以下のようなものである。1)中世の西ヨーロッパにおける<周縁>としての、そしてクザーヌスの祖国でもあったドイツ。ドイツが<周縁>であるという意味は、当時の西欧におけるキリスト教たるローマ・カトリック教会の中心であったローマはもとより、既に民族的な統合を成立させて、政治経済の分野で独自の利益を追求しつつあり、かつスコラ学の中心をも形成しつつあった、イギリスやフランスとは区別されざるを得なかったドイツである。彼は、この視点からカトリック教会のあり方を見ることにより、その腐敗と堕落を明確に認識することができ、その結果、朴訥なドイツ人枢機卿として、ローマ教皇庁にあっても教皇とカトリック教会を批判した。2)西ヨーロッパとの関係で<周縁>たる東ローマ帝国。かつて政治的・文化的安定性において西ヨーロッパ(カトリック教会)をしのいでいた東ローマ帝国とそれの国教たるビザンツ教会は、イスラーム勢力による東からの攻撃のみならず、「十字軍」を名乗る西ヨーロッパ勢力による西からの攻撃によって、当時、文字通り、存亡の危機に瀕するほど弱体化していた。しかしクザーヌスは、この<周縁>たるビザンティンの価値を冷静に認識し、その認識を基礎にローマとその背後たる西ヨーロッパの政治・教会勢力のあり方を批判した。3)ヨーロッパの<周縁>たるイスラーム地域。クザーヌスは、ヨーロッパ・キリスト教にとって伝統的に脅威そのものであったイスラーム勢力とそれの中核たる宗教としてのイスラームを冷静にとらえ、とくにイスラームの思想を客観的に評価しようとした。それは、最終的にはキリスト教とイスラームとの平和共存、さらにはイスラームをキリスト教に包摂することを意図するものであった。この視座に立つことで、クザーヌスは、西欧における対イスラーム観の現代にいたる伝統の中でも、独自の意義を有する思想を形成することができたのである。
 以上のような、<中心としてのローマ・カトリックに対する周縁からの三重の眼差し>は、もっとも深く広い意味での<docta ignorantia>の立場から、自らの思想を重層的に脱中心化する、彼の思惟の深さと力強さをもたらしているとみることができる。
 このよう思惟の態度と方法は、Globalizationが喧伝され、政治的、経済的、軍事的力によって、何ごとも地球規模で一元化が図られつつある今日、そして、この一元化の趨勢に対して、暴力を用いてさえ反対する動きが地球規模で目立つ今日、大いに現代的な意義を有するであろう。
 なお、イスラームとの関係におけるクザーヌスのこのような思想の現代的意義を中心にしてまとめられたハーゲマンの書物を、同僚の矢内義顕と共同で翻訳したのも、この研究活動の一環であった。