表題番号:2001A-042 日付:2002/05/10
研究課題「福祉資本主義」経営制度の盛衰と社会的性格の変容
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 教授 和田 修一
研究成果概要
1956年、W. H. Whyte Jr.はThe Organization Manを出版した。この著書は日本語にも翻訳され、『組織の中の人間』という名前で広く知られている。周知のごとく、この著述の中でホワイトは、(恐らくは、自分自身をも含めて)彼が見聞したアメリカ人の多くが大きな組織に雇われた勤労者として職業生活を過ごすことを余儀なくされており、そしてその結果として彼らの性格特性がオーガニゼーション・マンという言葉で代表されるような一様性を有しているのだ、ということを指摘している。ホワイトが観察したアメリカ人という存在は、第一次正解大戦や大恐慌の時代に少年時代をすごし、第二次世界大戦に従軍するという歴史的体験を経て、そして戦後のアメリカ社会に生活を営んでいた人々(世代)である。そして、ホワイトのオーガニゼーション・マンの出版から35年ほど経た1991年、P. LeinbergerとB. TuckerというふたりがThe New Individualism: The Generation After the Organization Manという著述を出版した。ラインバーガーとタッカーの本書は、その副題としている「オーガニゼーション・マンに続く世代」という表現から分るように、ホワイトが観察し分析したアメリカ人、「オーガニゼーション・マン」という表現によって表されたアメリカ人、の子どもの世代を論述の対象としたものである。オーガニゼーション・マンという特性を備えたアメリカ人を父親として生まれた次世代のアメリカ人が、その父親の世代と比較してどのような特性を示しているかについて論じたものである。オーガニゼーション・マンの子ども世代のなかには戦前・戦中生まれのアメリカ人も含まれるが、その多くは終戦直後のベビー・ブームのなかで生を受けた、いわゆる「ベビー・ブーム」世代のアメリカ人である。この世代のアメリカ人を特徴付ける事柄としてふたりの著者があげているのが、そのタイトルにある「新しい個人主義」という価値観である。そこで「新しい個人主義」という観点のもとに論じられている事柄は、それまでの個人主義とは質的に異なった価値イデオロギーが生まれたというよりも、従前の個人主義的価値をより一層極端化したという程度の問題であるが、しかし著者達は個人主義がさらに徹底することによって新しいアメリカ人の類型が誕生したのだと主張している。
本研究では、こうしたアメリカ人の価値意識に関わる研究動向を、他の著述を参照することによって、より一層幅広く捉えることによって、その歴史的研究方法のもつ重要性を確認しかつこの視点から日本人の価値観の歴史的変遷について考察した。この研究の中で特に注目すべきは、彼らがアメリカ人の価値観の変化を企業組織の経営思想並びにそのスタイルの変化から説明しようとしていることである。上述したアメリカ人の有する価値観の変化の背景には、福祉資本主義という経営から市場原理に忠実な経営への変化が存在するということである。ラインバーガーとタッカーは、オーガニゼーション・マンの世代は戦後のアメリカ企業で起きた企業経営者の変節(福祉資本主義の放棄)によってその期待を裏切られたのであり、その息子たちにはこの裏切りを教訓としてその職業生活を設計するよう薫陶したのだ、と主張する。自らの生活を守るのは自らの力量に頼る以外にはないという思想が、今日のアメリカ人をさらに個人主義へと移行せしめたという主張である。いま、同じような現象が今日、日本の企業組織のなかで生じている。わが国の若い世代に見られる「個人主義」化もまた、これと同じ歴史的変化として捉えられる側面を有しているのである。