表題番号:2001A-018 日付:2002/08/07
研究課題アメリカ移民法における国籍概念の形成
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学部 教授 宮川 成雄
研究成果概要
 アメリカ法において市民権(citizenship)は、日本法における国籍に相当する概念である。アメリカ市民権は、「取得するに容易で、失うに難しい」といわれることがある。たとえ不法入国者の子であっても、アメリカで出生した限りはアメリカ市民権を取得する。重国籍のアメリカ市民が外国で当該外国籍確保の手続を取っても、アメリカ政府に対してアメリカ市民権を明確な意思で放棄しない限り、アメリカ市民権を喪失することはない。しかし、「取得するに容易で、失うに難しい」アメリカ市民権は、人種的少数者の視点からすれば、少なくとも第二次世界大戦後の市民権法について言えることであり、それ以前はアメリカの人口比の1割を超える極めて多数の人種的少数者が市民権および帰化資格から除外されてきたことは言うまでもない。
 市民権は、「市民」と「奴隷」という対概念のゆえに、その概念の影に奴隷制の存在が隠されていたことが見て取れる。1790年に第一会期の連邦議会が、アメリカ市民への帰化要件として、自由白人たることを明記した。これは黒人をはじめとする人種的少数者が、アメリカでは歴史的に市民から排除されてきたことを象徴する。南北戦争後に黒人の市民権および帰化資格が法的に保障された後も、多くのアジア系移民は、ヨーロッパ系移民とは異なり第二次世界大戦まで法的に帰化不能外国人とされてきた。このように、第二次世界大戦までのアメリカ市民権は、排他的機能を果たす概念であった。
 しかし、アメリカへの移民の人種差別的制度であった出身国別移民割当制が、1965年法によって漸く廃止されて後、外国人であっても永住権を有しておれば家族を呼び寄せる資格を認められることから、アジア系およびメキシコ系移民の数が急増する。しかし、同時に移民法の不用意な改正は1970年代から「不法移民」の累積をもたらし、また、1970年代には、アメリカが国際政治で深い関与を持った地域からの難民の受入れの需要が増大する。このような情勢の変化を受けて、1980年には難民法が制定され、毎年約数万人にのぼる難民がアメリカに受入れられる。これはアメリカ移民法の特徴である家族再結合と有能労働者の受入とは、性質を異にする移民の受入れである。また1986年にはそれまでに累積した不法入国者を約270万人という大きな規模で、市民権取得につながる地位に合法化する。このように1965年の出身国別移民割当制の廃止に象徴されるアメリカ移民法の過去三十数年の改革は、アメリカ市民権をこれまでの排他的性質から、包摂的性質に転換したといえるのではなかろうか。