表題番号:2001A-006 日付:2004/11/23
研究課題プルーストにおける「忘却」と「無意思的記憶』の生成と統合
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学部 教授 徳田 陽彦
研究成果概要
 マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の第6巻『逃げ去る女(消え去ったアルベルチーヌ)』の主要テーマは忘却である。そこでは、主人公の<私>が死んだ恋人アルベルチーヌを忘却するに至った段階が記述されている。話者は、忘却の最後の三段階で忘却の一般法則を展開する。すなわち、かつて愛していた時のおのれの自我の死、愛する対象への完全なる無関心、もはや現在ではかつて愛した人を愛していない、死んだかつての愛の対象は蘇らない、というのがその内実である。無意志的記憶の恩寵による過去の蘇りは、最高度の忘却に達したとき、おこりえない。
 しかるに、N.モーリアックが近年発見した第六巻の新資料は(“最終稿”とまで称して出版された)、これほどまで心的現象としての忘却を完成させたプルーストの意図を無視するかのように、忘却論が展開される「ヴェネチア滞在」の章が削除されている。筆者はかつて、このは新資料は雑誌「レ・ズーヴル・リーブル」に記載予定であった第6巻の抜粋であるという仮説を発表した。この仮説を裏付ける証左として、『失われた時を求めて』では、いかに忘却のテーマが重要であるかという事実を、今回は第1巻の『スワン家のほうに』と第2巻『花咲く乙女たちのかげに』について考察した。1913年に第1巻が出版されたとき、テーマとして忘却は存在していなかった。秘書アゴスティネリの死後、14年の秋、作家はその萌芽をおのれの経験を通じて発見し、それを15年までに現在みられるような形に創造して、12年のタイプ原稿当時のプランに無理に挿入したのである。だから結果は、物語の流れ・力学の見地からみれば、いくつか齟齬があり、必ずしも完成度はたかくない。以上の内容を紀要に発表する。