表題番号:2000A-180 日付:2002/02/25
研究課題小泉八雲『怪談』に関する比較文学的実証研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学部 教授 池田 雅之
研究成果概要
 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の晩年の作品で、日本で最も親しまれている『怪談』KWAIDAN(1904)について、比較文学・文化的視点から幾つかのアプローチを試みた。私の研究方法は、対象が外国人作家・外国文学ということもあって、先ず翻訳の実践から入り、その作品の比較研究を行い、作家と作品を生み出した背景の実地調査を試みるという手順を踏んでいる。そのことをはじめにお断りしておきたい。この研究に着手することになった理由は、数冊のハーンに関する著作の他に、最近改めて『怪談』(角川文庫)を翻訳する機会を持ったからである。それでは、次に成果のあらましを述べてみたい。
 『怪談』は一般的には、日本の古典、仏教説話、民間伝承(「夜窓鬼談」「古今著聞集」「玉すだれ」「百物語」など)から話の素材やテーマを得て、語り直した再話文学作品だといわれてきた。従って、『怪談』研究にとって、原話とハーンの作品の比較・検討は、欠くことのできない方法であると考えられている。しかし、その両者をきちんと比較研究したものがほとんどないように思われる。そこで、私は『怪談』の代表作(「むじな」「おしどり」「雪女」「耳なし芳一」「青柳の話」など)を原話と比較・対照することを試みた。幾つかの興味深い点が抽出できたが、その特徴を一言でいえば、単なる説教臭い世間話や通俗的な迷信や幽霊話が、ハーン一流の美意識と倫理観に裏打ちされて、一箇の上質な民話風の物語に仕上げられているということであろう。文章の長さも原話と比べて、三、四倍に引き伸ばされている場合が多かった。
 もう一つ、翻訳と比較研究を進める過程で分かってきたことは、『怪談』のアイルランド民話との類似性である。この点は、アイルランド人の学者からも指摘を受けたことでもあるが、アイルランド系の血を引くハーンの文学研究は、今後アイルランドからの視点をもっと導入する必要を痛感した。そういう意味で、この研究期間中、ハーンの日本時代の処女作『日本の面影』(角川文庫)を訳出できたのは、幸運であった。『怪談』を生む素地として、松江・出雲地方の風土が大きく作用しているが、その山陰一帯を描いた『日本の面影』は、ハーンのアイルランド的想像力の発現のありようを見ていく上で『怪談』と並んで重要な作品と言えるだろう。
 また、平成12年4月と11月二度に渡って、『怪談』の原点の一つ、日本体験の出発点である松江・鳥取・出雲など山陰地方を取材できたことも記しておきたい。この二つのリサーチの旅がなければ、『怪談』のより深い理解も、『日本の面影』の翻訳も、覚束なかったであろう。記して、感謝申し上げたい。今後、以上の成果を踏まえて、『怪談』論を展開したいと念じている。