表題番号:2000A-127 日付:2002/02/25
研究課題形態論が許容する抽象性の限界について―言語変化が示唆する見解―
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学部 教授 片田 房
研究成果概要
 構造理論言語学が近年繰り返し提示している問題のひとつに、「文法理論が許容する抽象度」の問題がある。音韻論に始まったこの問題は、形態論と統語論にまで波及し、現在では次の問題の解明に注目が集まっている。
 (a)空形態素の存在を仮定することは、文法上必要か。
 (b)形態論が許容する抽象度の限界について、どのような可能性が考えられるか。
本研究は、近年国内で幅広い層の注目を集めた日本語における敬語表現の変化「さ入れ」現象の構造分析(1999年度展開)をさらに発展させ、上記(a、b)の問題の解明を試みた。
 まず、本研究者の先行研究成果と併せて次の結論を導いた。
(1)敬意(謙譲)表現として使われる使役文の文法項は、常に一人称である話し手か、または二人称である聞き手に限られ、表層上には通常現われない。
(2)「さ入れ」現象が発生する敬意表現の母体の述語構造は、深層上二重使役になっている。
(3)二重使役の深層構造は、表層上は単純使役として現われるのが一般的であるのに対し、「さ入れ」の構造では「さ」が入ることにより、二重使役構造が表層上に現われてくる。
 以上の分析結果に基き、(4、 5)を推論として導き、(a、b)に対する解明事項とした。
(4)表層上には現われない二重使役の述語―項構造を表示するために、空形態素の存在を仮定することは必要である。
(5)「さ入れ」現象は、文法項が空形態素となって表層上には現われない使役文に発生しており、二重使役構造を表層上の述語構造に反映させる機能を担っている。つまり、二重使役構造は、文法項の表層構造か、または述語の表層構造のいずれかに現われることになり、形態論が許容する抽象度は、いずれかの表層構造から読み取り可能な範囲においてのみ許容される、と結論付けることができる。
以上の研究成果は、2000年11月30日に韓国科学技術研究所(Korea Advanced Institute of Science and Technology)に於いて開催されたThe Society of Natural Languages主催の学会にて講演した。当研究成果の普遍性については、今後の継続研究でさらに考察を進めていく予定である。