表題番号:2000A-112 日付:2002/02/25
研究課題最近の日系女性作家における多文化主義と混血
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学部 教授 小林 富久子
研究成果概要
 近年アメリカの少数民族文学の一環としてのアジア系文学の進展には目覚ましいものがみられる。その一因として、1965年の改正移民法以降、中国,韓国、インド、ヴェトナム等、かつてなく多様なアジアの国々からの新移民の大量の流入があげられよう。そうした中で、新移民が極端に少ない日系人のコミュニティが現在どこか閉塞感を漂わせているとみられても致し方ないことといえる。事実、ごく最近までの日系人文学においては、そうした傾向を反映するかのように、家族やコミュニティ、および、そこでの日系人としてのアイデンティティ追求といった、ごく狭いテーマを扱う作品が大半を占めている。だが、ここ10年ばかりの間に発表された日系人文学、とくに女性作家たちの作品には、これまでの日系人文学の枠を大きく踏み超えるものが急増しており、新たな活力をもたらしている。本研究では、その中からとくに3人の若い世代の日系女性作家の作品――シンシア・カドハタの『七つの月』、ヴェリナ・ヒューストンの『ティー』、カレン・テイ・ヤマシタの『熱帯雨林を越えて』――を取り上げ、それぞれにおいて、移動・越境・混血というテーマがどのように追及されているかを考察することを狙いとした。まず,『七つの月』をみると、作者カドハタは、戦後の日系家族を扱いながら、収容所体験はおろか、コミュニティの問題にも触れておらず、この点が日系人読者の間で物議をかもすことになった。職を求めて州から州へと車で移動する日系家族を扱うこの作品は、日本の江戸時代の「浮世」を想わせつつ、アメリカ文学に伝統的な移動のテーマをも探求するという具合に、従来の日本対アメリカ、旧世代対新世代といった二項対立的構図を越える越境的作品となっている。一方、戦後米軍兵士と結婚し、海を越えて米国にやってきた4人の「戦争花嫁」を扱う戯曲『ティー』では、作者ヒューストンは自らの母親が戦争花嫁であったという背景をいかし、これまで問題にされなかった日系人間の多様性と葛藤を浮き彫りにするとともに、そうした多様性、あるいは、そこからくる混血への動きから生み出される豊かさの可能性をも示唆している。最後の『熱帯雨林の彼方へ』は、移動、越境、混血のテーマを極限にまで推し進めた作品である。舞台に関しては、日本の寒村からニューヨークのビジネス街、さらにはブラジルの熱帯雨林へと跳ぶといった具合に広大な範囲を覆い、また登場人物も、主人公の日系男性移民をはじめ、ニューヨークのビジネスマン、フランスの女性鳥類学者、ブラジルの新興宗教教祖といった具合に、きわめて多国籍的である。熱帯雨林に突如出現した「マタカン」という新種のプラスチック様の物質から一攫千金を求めて集まってきた奇人変人によるドタバタ悲喜劇を描くこの破天荒な近未来小説がもはや日系文学の枠を大きく踏み出し、「トランスナショナル文学」ないしは「世界文学」の域に達していることは明らかである。このように進化を続ける日系女性作家の作品は今後も目を離すことができない。