表題番号:2000A-095 日付:2002/02/25
研究課題太宰治とその周辺に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育学部 教授 東郷 克美
研究成果概要
 太宰治とその周辺についての研究というテーマでは、すでに本助成費によって井伏鱒二研究にとりくみ、その成果は先に井伏鱒二全集全28巻別巻2として一応の完結をみた。井伏鱒二と併行しつつ研究して来た。太宰治に関しては、これまで50本以上の論文を発表しているが、2000年度の助成費によって既発表の論文のうちから一貫するテーマをもった10篇の論を選びあらためて改稿の上体系化して『太宰治という物語』(筑摩書房 2001年3月)をまとめた。太宰治はこの国の私小説的風土を逆利用し、いわば読者との共犯関係の中で、事実と虚構の境界を無化しつつ、自己=作者を物語化していった。つまり、太宰治は生涯をかけて「太宰治」という物語を書きついでいったと考えられる。その結果、物語内容だけでなく、それを語る語り手「太宰治」の声とでもいうべきものが生成されていき「太宰治という物語」をおびた作者の肉声があらゆる作品を薄い膜のように被うことになるというのが本研究の概要であり、結論である。
 いわゆるテクスト論以後、「作者」は一種のイデオロギーとして、つねに負の記号つきで語られて来たが、それをもういちど反転してみること――実体としての「作者」ではなく、いわば機能としての「作者」という考え方は、いったんその死が宣告された「作者」のあらたなかたちでの蘇生と、それによる作品の読みかえの可能性を示唆するものと考えられる。つまり本研究は、文学研究における「作者」の位相めぐる考察でもある。