表題番号:2000A-063 日付:2002/02/25
研究課題戦後日本人の価値意識の変化と「生きがいブーム」
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 教授 和田 修一
研究成果概要
 生きがいということばが今日のように人口に膾炙するようになったのは、決して古いことではない。それは、古く見積もったとしてもせいぜいが明治以降であり、しかも「ブーム」といってよいような広がりを見せた時期は終戦後のことである。そこで本研究では、生きがいということばの大衆化が戦後のわが国で生まれた歴史的ならびに文化的要因を明らかにした。
 戦後わが国で生きがいということばが盛んに使われるようになった背景には、ひとつには、占領軍による日本社会の「民主化」がある。わが国に個人主義思想(あるいは、個人主義的な考え方)が本格的に移入されたのは明治以降である。しかし、その個人主義的思想はあくまでも外来の思想であり、そういった思想がわが国において一般化するためには戦前の日本人の志向性はあくまでも伝統墨守的であり、そしてまた政治制度をはじめとして諸種の制度はあまりにも集団主義的あるいは国家主義的であった。戦後、わが国の諸制度は占領軍による「民主化」と呼ばれる一方的改革を経て再構成されたのである。そしてこの改革が、その下で生活する日本人の価値志向生を、個人的自由の尊重や個人的価値判断の優先といった個人主義的思想基盤を日本人の意識の中に徐々に埋め込んでいったことは周知の事柄である。こういった個人主義的志向性が、自らの人生の意味を自らの欲求充足という視点から再確認する社会的許容性を生み出したのであり、その日本人の価値志向性の再構造化が「生きがいブーム」という社会現象として現出したのである。ふたつには、われわれは戦後の高度経済成長が日本人の生活意識に余裕を生み出したことを看過することはできない。生きがいブームが、1960年代というわが国の高度経済成長期に現われてきた現象であること、そして生きがいにかかわる内省的意識の働きは取敢えずは明日の食餌を煩う必要のない経済的ゆとりの存在を前提としていることを考慮するならば、戦後の高度経済成長によって日本人の経済生活に生まれたゆとりが大きな要因となっていることは容易に理解できるであろう。その後わが国の生きがいブームは、しかしながら、日本人一般の人生観の問題というよりは、高齢者の生活問題として社会的に規定されることになる。すなわち、70年代以降自治体の高齢者施策の柱として、老後の生きがいが行政施策の対象としてクローズアップされてきたのである。高齢者の生きがいへの関心は、第二の生きがいブームであったといってよいだろう。
 生きがいという事柄がわが国においては社会的ブームとなったことにわが国の文化的歴史的特長が現われているように思われるのである。すなわち、生きがいが個人の自由で主体的な選択によって導かれる個人的人生の意味の確認と充足であるとするならば、それがブームとなり、また行政施策の柱とされるのは、わが国文化の中に定着した集団志向性あるいは集合的価値への一体化価値を背景として生まれた現象だからである。この点にもわが国文化の特性を明らかにするひとつの鍵が見出されるように思われるのである。