表題番号:2000A-054 日付:2003/12/18
研究課題広津柳浪論―日本近代文学における「悲惨」の誕生
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 教授 高橋 敏夫
研究成果概要
 本年度は、『広津柳浪の怪物――日本近代文学における「悲惨」の誕生』(論創社刊予定)の書き下ろしのための基礎作業に、ほぼ費やされた。基礎作業は以下の三点にかかわる。① 広津柳浪のテクストは日清戦争前後の社会状況と切り離せない。歴史学における日清戦争論を幅広く参照するとともに、現在の「戦争」および「国民国家の暴力」言説とのつきあわせをおこなった。② 身体(欠損)論の掘り下げ。亀井秀雄『身体・この不思議なるものの文学』、P・ストリブラスとA・ホワイト『境界侵犯・・その詩学と政治学』、三橋修は『差別論ノート』、岡庭昇『身体と差別』、寺山修司『畸形のシンボリズム』などから、平均的身体をたちあげた日本的近代にあって、異形はそれにたいする異議申し立てのシンボルであることを確認した。③ 下層社会の「暗黒」表象の研究。同時代のさまざまな探訪記とくに松原岩五郎「最暗黒之東京」における「暗黒」表象の検討である。これはそのままルポルタージュ誕生の意義の確認ともなる。以上の三点をさらに深めるとともに、広津柳浪のテクストがそれらにどのように交叉するかが、つぎの作業となる。ひとつひとつのテクストを個別に論じていく予定であったが、「怪物」「悲惨」というテーマから離れず全体として論じるほうがよいと考え、個別の論考発表は断念した。書き下ろしの作業を継続し、2002年夏には出版したい。また、いくつかの執筆機会を利用して、「怪物」論についての理論的な考察をし、また、「悲惨」言説の系譜を考え、さらに現在注目を集めているホラー小説における「異形なもの」をめぐる評論を書いた。これらはすべて、広津柳浪の怪物論とモチーフをおなじくするとともに、『広津柳浪の怪物――日本近代文学における「悲惨」の誕生』書き下ろしの過程で組み込まれていくものである。