表題番号:2000A-053 日付:2002/02/25
研究課題中世抒情詩のC写本による校訂-アンソロジーの作成
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 教授 瀬戸 直彦
研究成果概要
 今年度は、トルバドゥールのC写本をもとにしたアンソロジーの作成を第一の目標としてきたが、さいわい下準備の段階を終えて、いよいよ完成原稿へ進めるまでに至った。その過程で、とくに中世の詩人の用いた詩法を再検討する必要が生じて、北フランスのトルヴェール、南フランスのトルバドゥール、そしてドイツのミンネゼンガーの作品にかんして、その詩法の相違や影響関係を探ってみた。それが文学部比較文学研究室の『比較文学年誌』第37号に発表した論文である。
 そのなかでは、1955年に亡くなったハンガリー生まれの研究者、イシュトヴァン・フランクの『トルバドゥール詩法総覧』を題材にして、またその比較文学の書『トルヴェールとミンネゼンガー』を再評価することによって、南仏の抒情詩の特徴を多少とも明らかにできたと思う。とくに強調しておきたいのは、トルバドゥールの用いたジャンルのひとつであるシルヴェンテス(風刺詩)の性格についてである。すなわちこのジャンルにぞくする詩の詩型とメロディーには、他のジャンル、とくにシャンソン(恋愛詩)からの借用が多いのだが、フランクの『詩型総覧』を見れば、その「もと歌」がどの詩人のいかなる作品であるかが、一目瞭然となる。メロディーについてもシルヴェンテスでは、オリジナルのものを用いる必要はなかった。具体的には、ペイレ・ライモン・デ・トローサのシャンソンの詩型ををベルトラン・ド・ボルンが借用して、さらにそれをペイレ・カルデナルが使ったという図式を、詩型と詩の内容を吟味すれば、推定できるのである。また、校訂にさいしての脚韻の扱い方(綴り字の問題)についても少しばかり論じておいた。
 11月には、名古屋大学の佐藤彰一教授の招請したジャン・ヴザン氏(フランス国立高等研究院教授)に、早稲田大学文学部でも講演をお願いして、シナイ半島で12世紀に記されたラテン語写本の起源について論じていただいた。従来のビザンツ起源という定説にたいして、スペインから北アフリカを回ってシナイにまで到達したという説を強力に主張するヴザン氏の議論はたいへんに説得的で、これは名古屋大学大学院の西洋史研究室の報告集に佐藤彰一氏と共訳したものがすでに活字になっている。中世の12世紀における広い意味での写本文化の実態を把握できたという面で、私としても大いに収穫を得たと感じている。