表題番号:2000A-035 日付:2002/05/10
研究課題アメリカ移民法における国籍概念の形成
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学部 教授 宮川 成雄
研究成果概要
 1788年に発効した合衆国憲法は、合衆国国民たる市民権(日本法の術語では国籍)の要件を規定しなかった。その沈黙の一つ理由は、黒人奴隷の存在であったことは言うまでもない。しかし、この憲法には、市民(citizen)という語が数カ所において用いられている。すなわち、大統領への被選挙資格、連邦議会議員の被選挙資格、そして、連邦裁判所の管轄権が及ぶ異州籍事件(異なった州民を当事者とする訴訟)の当事者適格に関する規定等である。これら三つの市民権への言及は、市民権が統治体への参政権および、統治体での権利保障の拠り所としての裁判を受ける権利と結びつけられていることを示している。
 南北戦争後には修正第14条が、生地主義による(つまり人種の別なく)合衆国市民権の取得を明文化し、修正15条は人種による投票権の剥奪を禁止した。また、1870年には法律によって帰化資格も黒人にも拡大された。この帰化資格については、人種制限が撤廃されるのは1952年移民国籍法をまたなければならない。このように市民権取得要件は漸次拡大し、合衆国市民権はそれを保持する者の国家への帰属意識を強めるという、包摂的な性質を帯びてくる。
 合衆国市民権は、外国への帰化、外国への忠誠宣誓、外国政府の公職就任等の事由により、それを喪失することがありうる。しかし、合衆国市民権の包摂的性質は、市民権(国籍)喪失の局面においても見て取れる。それは上記の事由の発生だけでは市民権喪失の効果は発生せず、合衆国市民の側での明確な市民権放棄の意思表示が必要であるとされている。そもそも生地主義は、血統主義に比して重国籍が容易に生ずる上に、市民権の喪失についての個人の意思の尊重は、重国籍者の増加を意味する。
 国際法は単一国籍を原則としているが、近年、世界では重国籍を許容する国家が増加している。特にアメリカに大きな影響を与えると推測できるのが、1998年に重国籍を許容する法律改正を行ったメキシコである。アメリカのような多民族国家においては、市民権の取得要件を包摂的に規定することにより、人種や民族の差を越えてアメリカ社会への帰属意識を強める機能を果たしてきたが、外国籍を保持したままの合衆国市民権の取得は、市民権を保持することによる共同体帰属意識を、内から脆弱化する作用を営むといえるのではないだろうか。