表題番号:2000A-002 日付:2005/12/13
研究課題第二次世界大戦後のドイツ現代詩における詩的自我とコミュニケーションの関係について
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学部 教授 斉藤 寿雄
研究成果概要
 本研究は、第二次世界大戦以降のドイツ現代詩の文学的潮流を概観することを目的としているが、これまでおもに1950年代、60年代の詩人を扱ってきた。そのなかで、研究課題である「詩的自我とコミュニケーションの関係」において、旧東ドイツの代表詩人ペーター・フーヘルはとくに重要と思われる。
 彼は、これまで表面的には政治的抒情詩人と目されてきた。それは、彼の詩が、戦前には農奴や女中をテーマとすることでそのマルクス主義的親和性を指摘され、戦後はとくに60年代以降、旧東ドイツ当局に政治的に迫害され、一種軟禁状態におかれていた彼の個人的状況に由来するからである。
 しかし彼は、死、孤独、病気、核兵器に象徴される人類の未来への絶望といった人間の普遍的・根源的な問題を深く掘り下げ、しかもそれを類似的な日常言語ではなく、メタファー、象徴、記号という非日常的コミュニケーション言語によって表現することによって、人間の苦悩の奥行きの深さを呈示した。彼の詩は、晩年に近づくにつれ難解さを増していくが、それはこうした記号言語の意味領域が深化されると同時に局限化され、ついには「沈黙」によってしか人間の苦悩を表現し得ない状況へと先鋭化されたからである。彼は、「沈黙から言葉を引き出すことがいかにむずかしいか知っている」が、しかしこの「沈黙」が、「世界の沈黙は永遠には続かないだろう」という意味での「目ざめた沈黙」であることも知っている。「記号言語」によって強いられた「沈黙」は、いかに苦悩のしるしを孕んでいるにせよ、同時に未来への展望をも指し示している。一見コミュニケーションの断絶とも受け取られかねないフーヘルの「沈黙」は、その内部に人間の実存的状況を表現する新たな可能性を内包することによって、言葉の救済的機能をあらためてわれわれに確信させてくれるのである。