表題番号:1999A-913 日付:2002/02/25
研究課題歴史教科書知識に表現されるナショナリズムの変質―1990年代アメリカ合衆国の国民教育―
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 国際教育センター 助手 岡本 智周
研究成果概要
 本研究は、1990年代のアメリカ合衆国の教科書において表現されたナショナルアイデンティティの性質を確定・分析することを目的とする。本研究の意義は、1980年代の新保守主義の時代を経たあとのアメリカンナショナリズムの性質を明らかにすることにあり、教育内容についての第一次資料を詳細に検討することを、そのための方法とする。分析の際に参照するのは、冷戦以後の世界におけるナショナリズムについての異なる2つの理論的視点(primordialistアプローチとmodernistアプローチ)である。
 本研究では、1990年から1998年に刊行された12冊の歴史教科書と5冊の副読本・ワークブックを集め、「画像分析」と「ストーリーライン分析」を行った。これらの分析からは、1990年代の歴史教育において白人を中心とした歴史記述の意識が低下し、人種・民族の混淆した集団そのものを「アメリカ」とする傾向が強まっていることを指摘できた。その際、歴史を「国民の歴史」として語っているという意味では、「ナショナルな神話やシンボルや記憶」の重要度が確認され、primordialistの推論に一定の妥当性が認められる。
 しかしながらより重要なのは、1990年代において語られる「アメリカ」の神話やシンボルや記憶が、1980年代の、あるいは1950年代以前のそれとは完全に異なっている点である。白人男性のネイティビズムに依拠し、あらゆる人びとが従うべきものとして「アメリカ」を提示したナショナリズムと、アメリカの「現在」を共有する人びとが出来うる限り対等に「アメリカ」の神話や記憶を構成することを目指す1990年代のナショナリズムとは、明確に区別されなければならない。「アメリカの歴史」の境界線が拡散していくという現象は、旧来の国民国家の原理とは相容れないものである。以上のことから本研究は、1990年代のアメリカ合衆国の国民教育において指向されるナショナリズムはmodernistアプローチが想定するそれにより近いと、結論する。