表題番号:1999A-819 日付:2002/10/11
研究課題6~8世紀東アジア仏教美術における大画面変相図の成立事情に関する研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 助教授 肥田 路美
研究成果概要
 大幅の壁面や画布を用いた、複雑な構図と多種のモティーフから成る変相図(大構図変相図とも)は、東アジアの仏教美術を特徴付ける一群類である。本研究は、この大画面の変相図が七世紀半ば頃の中国で定型を確立するに至るプロセスと、そこに働いた要件を探ることを目的としたものである。本題の前提として、「変」乃至は「変相」の語義、及びそれが本来如何なる造形に対する称であるかを確認しておく必要があり、僧伝・画史類を中心に、東晋から南北朝時代の史料中に見える早期の用例を拾いつつ検討を加えるとともに、俗文学(変文)研究や美術史学における先行の諸説を整理した。早期の用例はいずれも、仏教説話に取材した主題に基づく造形を変相と称している点で一貫しているが、特に注意すべきは、作品に対する評句に、尊容の生きてそこに在るような描出をいうものがしばしば認められることである。また「変」の本義については、運蔽の所説「変は動なり」(『寂照堂谷響続集』)を再確認する結果を得た。したがって、変相図とは、仏菩薩の出現をはじめとする様々な奇跡的事象が動的に変異する有様を叙事的・叙景的に表したもの、と捉えてよかろう。
 叙事的変相図を代表する維摩経変相について、4世紀(遺例では5世紀)以来の画面構成の変化を追うと、雲のモティーフの導入が構図の複雑化、延いては大画面化と深く関連していることに気付く。方向性をもつ動体としての形と霊的エネルギーとしての意味をそなえた宝雲形の雲は、画面の構成員の空間的移動、動勢の強調、顕現や消失の表示など奇跡に関わる幾種もの演出の役割を担う。すなわち変の本義に沿う重要な因子であり、5世紀後半の雲を伴う中国式天人図像の出現、6世紀半以降の仏像様式の写実化に連動した乗雲図像の出現、という宝雲モティーフ自体の発達が、大画面変相図の成立を促す一要件となったことが確かめられる。これは、浄土変相のような叙景的変相図においても無視し得ないものであった。他の要件については今後の課題としたい。