表題番号:1999A-806 日付:2002/05/10
研究課題アメリカ移民法における国籍概念の形成
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学部 教授 宮川 成雄
研究成果概要
 イギリスで形成されたコモン・ローにおいては、国籍は「国王の臣民(king's subject)」という概念で表わされ、これはイギリスでは1948年国籍法によって変更されるまで一貫していた。この国王の臣民たる概念をコモン・ローにおいて初めて体系的に明らかにしたのが、コーク(Sir Edward Coke)が判示した1608年のカルヴィン事件(Calvin's Case)であった。そこでは国王に対する忠誠がこの概念の中心として構成されていた。
 このような封建制に由来するコモン・ローの国籍概念の変容は、アメリカにおいては植民地時代から始まる。植民地においては、植民地社会への外国人の組入れという、まさに現実的な必要性が存在した。イギリス国王への忠誠という国籍の中心概念を尊重しつつも、植民地では個人と社会との絆について新しい理解が構成されていく。その変容が端的に現われたのが、帰化についての考え方であった。イギリスでは帰化とは法的手続きによる国王への忠誠の取得であったが、コークのカルヴィン事件での判示のごとく、その忠誠は「自然による、一身専属的で、永続的な(natural, personal, and perpetual)」ものとみなされれた。しかし、これに対し植民地では帰化とは、新しい忠誠を選択した個人と、臣民としてその個人を受け入れる社会との契約関係と理解された。忠誠を契約関係と理解する考えは、帰化について始まったが、それは当然に、全ての臣民たる地位をも契約関係すなわち同意に基づくものとの理解へと拡大して行く。
 本年度は、個人の自由意思と、社会の側からの同意に基づく臣民たる地位についての契約思想が、アメリカの独立革命を契機に封建的な殻を脱ぎ捨て、市民権(citizenship)としての国籍概念の形成へとつながってゆく過程を検討した。イギリスと政治的に訣別し、新しい共和政体を模索する中で、アメリカの市民権は近代社会の基本命題の諸要素を具えることとなる。すなわち、市民権は同意に基づくものであり、形式において統一性を持ち、一級あるいは二級の市民権なる等級を認めず、同一内容の権利の保障を内容とすることが、原理として要請される。しかし、現実には奴隷制の存在と、先住のアメリカン・インディアンの処遇という大きな課題を背負うこととなる。次年度以降は、この課題に対するアメリカ法の展開を検討する。