表題番号:1999A-539 日付:2002/02/25
研究課題確率過程を基盤とするもう一つの量子力学
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学部 教授 大場 一郎
研究成果概要
 量子力学はミクロな自然現象を間違いなく記述し、20世紀科学技術のあらゆる面での基礎となっており、その有効性に疑問を持つものはいない。しかし、その出現以来70年以上を経過しながら、観測問題等、いまだにその原理的、基礎的諸問題については係争中のものがあり、決着はついていない。伝統的コペンハーゲン解釈を補完する新たな枠組の構築が求められている。本研究では特に伝統的量子力学が記述することの困難なミクロ系に於ける‘時間’を取りあげ、確率過程量子化法の一つであるNelson量子力学の有効性を検証した。
 トンネルバリアーを通過するミクロ粒子の軌跡に関係した時間、つまり、‘トンネル時間'に関した統一的な定義はまだ与えられておらず、その定量的実験も実行されていないため、一意的なトンネル時間が存在するか否か明確でない。ここでは時間に依存する1次元矩形ポテンシャル障壁のトンネル問題の解析解を求め、Buttiker-Landauerのtraversal時間がミクロ粒子の透過流に関するvisibilityを測定することによって評価できること、さらに、この定義は矩形型障壁のみならず、WKB近似が適用できる任意形の障壁ポテンシャルでも適用できることを示した。
 Nelson量子力学は、一見量子的粒子が‘古典的軌道'をとるごとき統計アンサンブルを与え、通常の量子力学に等価である。Nelson量子力学のもつこの性質を利用すれば、この枠組内でトンネル時間が明確に定義でき、WKB近似によって与えられる時間、Nelson量子力学によって与えられる時間、そしてvisibilityによって与えられる時間とをシミュレーションによって評価した。その結果、WKB近似の適用可能な領域(オパークな領域)で3者は極めて良く一致した。Nelson量子力学の与える時間とvisibilityによって与えられる時間とはオパークな場合だけでなく、半透明の場合も良く一致したが、これは両者がWKB近似を越える適用範囲を持っていることを示唆している。