表題番号:1999A-093 日付:2002/02/25
研究課題ルーマニア生まれのドイツ人作家たちにおける二重の『故郷喪失』について-ヘルタ・ミュラーを中心に-
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 専任講師 山本 浩司
研究成果概要
 今日のドイツ語圏の文学は、もはやかつての国民文学的な枠組みでは捉えきれないように思われる。トルコ系を初めとするガスト・アルバイターの定住によって、またEU統合の流れのなかで進行するボーダーレスな状況によって、同質なドイツ文化という幻想は決定的に揺らいできた。このドイツの国民意識の変容を探るにあたって注目されるべきは、ひとつには内なる異郷としてのトルコ系文学など移民文学であろうが、同時に忘れてならないのは、東欧圏に飛び地のようにしてあったドイツ系居住地からの帰還者(アウスジードラー)たちの文学である。彼らは血統主義によって法的にはドイツ国民に無条件に受け入れられた。しかし、例えばヘルタ・ミュラーやリヒャルト・ワーグナーを中心とするルーマニア出身の作家たちが描くように、同化政策をとるルーマニアから政治的に迫害されたばかりではなく、ドイツ人村という本来の故郷における「ドイツ性」のイデオロギーからも疎外された彼らに、ドイツ本国もまた絶え間なく違和感を抱かせずにはおかない。とりわけ、彼らの辺境ドイツ語と現代標準ドイツ語とのあいだには、微妙なずれが生じている。これが彼らに文化的アイデンティティの危機をもたらしている。とはいえ、生きるため場としての「故郷」と母なる言葉という「故郷」、この二重の故郷の喪失を代償として、彼らの文学は独自の輝きを獲得しているということができるだろう。