表題番号:1999A-086 日付:2004/07/04
研究課題19世紀末-20世紀初頭のロシアにおける文学生産の場の変容
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 助教授 貝澤 哉
研究成果概要
 本研究においては、19世紀末-20世紀初頭のロシアにおける文学生産の場の変容を、主に次の三つの観点から検討した。
 第一に、この時代の出版・ジャーナリズムの急激な変化が文学のあり方に及ぼした影響を考察すること。第二に、ロシアの初等・高等教育機関における文学教育の変化と、その背後にある「文学」という理念の変容をさぐること、第三に、ロシア文学史研究の形成過程を検討することで、「ロシア国民文学」という理念のもとに文学が編成されていく過程をあとづけることである。
 第一の点に関しては、ロシアでは1870年代以降、識字率の上昇、教育の普及に伴い、出版ジャーナリズムの構造が変質し、文学のメディアは月刊総合雑誌から大量出版のイラスト誌へと移行し、また読者層の拡大と巨大な出版産業の出現によって、安価な文学全集が急速に普及した。これに伴って文学は、不特定の読者を対象とするものと、一部の読者に対象を限定したものに分裂し、既成の文学ジャンルはその構造を変質させた。
 第二の点では、ロシアでは19世紀前半まで通用していた修辞学が徐々に学校教育から排除され、実証主義や進歩思想を背景にして、歴史的・進化的な文学理解が普及するとともに、国民的な価値としての「文学史」が教えられるようになった。文学はこうして、共時的な詩作法・雄弁術であることをやめ、ロシア国民の歴史を反映する鏡となった。
 第三の点では、上記のことと関連して、ロシアでは19世紀後半、特に1860年代以後に、ロシア文学研究の大きな転換があり、修辞学の研究が実証的な文学史研究にとってかわり、プイピンらの研究者によって完成された「ロシア文学史」は文学のみならず、ロシアの民族、国家、社会の起源と歴史を支えるおおきな物語として機能することになった。