表題番号:1999A-069 日付:2002/02/25
研究課題マラルメ『ディヴァガシオン』の研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 教授 川瀬 武夫
研究成果概要
 「マラルメ『ディヴァガシオン』の研究」と銘打った1999年度の特定課題研究は、詩人の死の1年前に彼の散文作品の集大成として刊行された『ディヴァガシオン』の構成原理をいかにして把握するかという問題に焦点をあてた。「地上世界のオルフェウス的解明」と定義されるマラルメの唯一絶対の〈書物〉の夢想は彼の生涯の文学的営為を根底から規定するものだが、詩人が晩年になって刊行した(あるいは、刊行しようとした)3冊の著作、すなわち散文集『ディヴァガシオン』、没後刊行の韻文集『ポエジー』、および従来のジャンル概念から大幅に逸脱した破天荒な形式の『賽の一振り』(これは結局マラルメの意図通りには刊行されなかった)が、彼の〈書物〉の夢想のなかでどのような位置を占めているのかを問うことは、マラルメ研究におけるきわめて重要な課題であることは論をまたない。
 とりわけ、60年代、70年代の散文詩から、80年代の演劇論を経て、90年代の群衆論、絵画論、詩論、書物論までを収めた『ディヴァガシオン』は、何の脈絡もないテクスト群がたまたま1冊の書物として取りまとめられただけにすぎないように見えるが、初出のプレオリジナルのテクストと詳細に照合してみると、マラルメがこれらを収録するにあたって、徹底した書き直しと、ほとんどコラージュと呼んでいいような大幅な削除・組み替えを施していることが判明する。この詩人における明白な構成意識は、『ディヴァガシオン』が反=書物ないしは偽=書物として成立したのではなく、やはりマラルメの〈書物〉の問題圏のなかで生み出された著作であることをあかし立てているとともに、その〈書物〉概念の複雑にして逆説的な様態を十分に窺わせるに足るものだろう。
 このように極端にレヴェルも種類も異なるテクストの混在を許している『ディヴァガシオン』という特異な〈容器〉の構成原理がどこにあるのかを突きとめるには、さらに踏み込んだ考察を必要とするだろうが、少なくともこの著作がマラルメの〈書物〉をめぐる深遠な形而上学の具体的なエクリチュール実践のひとつであったことはもはや疑いようもない。