表題番号:1998A-918 日付:2002/02/25
研究課題植民地における領事裁判権制度の廃止と日本帝国の法的形成及び展開
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) アジア太平洋研究センター 助手 浅野 豊美
研究成果概要
 満州国国籍法の制定は、民族自決に立脚した分離独立という建前を維持するため、その前提となる「住民」を定義するために必要とされていた。しかし在満日本人が日本国籍離脱を嫌っていたため、二重国籍を法制化せざるを得ない状況が生まれていた。しかしこの二重国籍状態の法制化は、在満日本人をして権利に関しては満州国民と同じ完全な私権公権を享有させる反面、義務に関しては治外法権ゆえに免税特権を持ち警察権や司法権の外に置き、一切の国家的義務から除外することとなり、満州国の独立とはなはだ矛盾した事態を生じさせるものであった。
 つまり、満州国の独立のためには、自決すべき住民を定義するために国籍法が必要である反面、その制定は独立の虚構を国際社会に名実ともに暴露することとなるというジレンマ状態が存在していた。これが満州国に対して日本との間で治外法権廃止に関する条約を締結するという国家構造の転換を行わざるを得なかった構造的な原因であった。
 また、奉天とハルピンにはイギリス領事館があり、その資料が重要であることが判明した為、ロンドンでの調査を急遽行った結果、日満間の治外法権廃止には国際関係的な要因も働いていたことがわかった。一九三五年前後、日本の外務省ではイギリスの満州国承認の可能性が真剣に検討されており、日本が治外法権を撤廃する以前にイギリスが満州国を承認すると満州国はイギリス人の治外法権をみとめざるを得なくなってしまうこととなるため、その以前の段階で日満間の治外法権廃止を早急に進める必要に迫られていたことが判明した。
 つまり、満州国の国家構造の根本的転換を意図した治外法権の廃止は、国民を定義するための国籍法制定の必要という国内的事情と、イギリスによる満州国承認の可能性という国際的要因とを背景として行われたものであった。しかし、そうした既存の国際秩序を前提とした満州国育成は、最終的には行き詰まったことが、国籍法の制定が最後まで行われなかったことからわかる。満州国の国籍問題は、日中戦争後に、「東亜新秩序」を掲げざるを得なくなる構造的な理由までも示唆しているのである。