表題番号:1998A-827 日付:2002/02/25
研究課題不完備契約理論を用いた企業金融の構造変化の分析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育学部 助手 蟻川 靖浩
研究成果概要
本研究では、1980年代後半から1990年代前半における日本企業の負債選択に関する理論的・実証的研究を行った。具体的には、日本企業のガバナンスの特徴を明示的に取り入れた上で銀行借入と社債の間の負債選択のモデルを不完備契約理論を用いて構築し、日本企業が救済オプション付き負債に対する需要およびそのガバナンス構造に依存して負債選択を実施する、という仮説をマイクロデータを用いて実証した。
 本研究の第一の貢献は、いわゆるバブル経済の原因と結果に関して、コーポレート・ファイナンスの立場からの一定の見方を示した点である。1980年以降の企業の資金調達はドラステックに変化し、またこの変化はこれまで企業経営の規律の面で重要な役割を演じてきたメインバンクの機能を低下させることとなった。株式相互持合のために資本市場による規律が弱いという条件の下での借入への依存の低下は、メインバンク(MB)のモニタリングの低下をもたらし、この「モニタリング」の空白がエクィティ関連債の発行を通じた過大な投資を生み出したというのが通説的理解であろう。もっとも、こうした見方は、90年代の事態の進展から、80年代後半の事実を事後的に解釈している面が強い点に難点がある。厳密にいえば、上記の見方が成立するためには、期待収益と負の相関をもって、あるいは少なくとも期待収益とは無関係にエクィティ関連債の発行が選択されたことがシステマティクに確認される必要があろう。以上の問題意識から、本研究では1980年以降の金融自由化と規制緩和のもとで発生した資金調達の変化と企業・銀行関係の変容を、企業・銀行双方の事前的かつ主体的選択として捕らえることで、将来の投資機会の多い企業ほど銀行借入を選択したことを明らかにした。
 第2の貢献は、銀行によるコーポレート・ガバナンスの影響力が強い経済において、金融自由化が企業の資本構成にいかなる影響を与えるのか、という問題に関して一定の解答を与えた点である。すなわち、金融自由化によって複数のモニタリング圧力の異なる資金調達手段に直面した企業は、自らの将来収益が高いほど、デフォルトの際の救済オプションが小さい一方で、モニタリング圧力も小さい資金調達手段、すなわち無担保社債を選択することを明らかにした。さらにこの効果は、メインバンクと強い関係を持つ企業ほど顕著であることが確認された。このことは、金融自由化が所与の条件のもとで銀行の顧客プールの劣化をもたらすこと、さらにこの劣化の程度はメインバンクとの関係が強いほど大きいことを意味する。ただし、この効果は1990年代に入ると低下していることも実証的に確認された。本研究の成果は以下にまとめられている。