表題番号:1998A-539 日付:2002/04/02
研究課題『平家正節 声譜付語彙索引』の編纂
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 教授 上野 和昭
研究成果概要
 近世京都語のアクセント資料として位置づけられる『平家正節』の中から、とくに分析の容易な「口説」「白声」の曲節を選び、さらに「折声」「指声」の前半部分をも加えて用例を採取し、ここにあらわれた声譜付語彙をデータ化した。声譜はもちろん平曲を語るための音楽的な注記であるから、「白声」のような単なる語りの場合とは違って、「口説」ほかの曲節の譜を分析する場合には、音楽的に変容した語頭低下などに注意しなければならない。また、詞章そのものは鎌倉時代成立のもので、使用語彙は文語的であるとはいえ、伝統的なものであり、和語のみならず漢語のアクセントを、また単純語だけでなく複合語のアクセントを知る上でも、きわめて有益な資料であることが再認識された。さらに辞書類記載のアクセント注記とは違って、平家物語の詞章という話線的な展開の中で用いられるそれぞれの語のアクセントを、多数採取できた点も特筆すべきであろう。
 具体的な問題として、いくつかのことを挙げるならば、以下のようである。
 (1)従来「白声」は近世中期ころの京都アクセントを反映し、「口説」「指声」などはそれよりも古い時代のアクセントを反映するとされてきたが、男性の漢字二字4拍の名乗りの場合には、「白声」HHLL:「口説」HLLLという、アクセントの変化とは逆方向の対応が確認された。
 (2)姓や地名などは、それぞれの語の伝統的なアクセントを反映しており、これら固有名詞としての特別なアクセント型に収斂されていく様子は看取されなかった。
 (3)動詞・形容詞のアクセント体系は、とくに多拍語になると伝統的な姿を捨てて、型の統合を起こし、これに伴って類の混同が進んだことが分かった。
 (4)動詞の活用形アクセントとして、従来「特殊形」と名付けられてきたものの多くは、実は後続する助動詞を含めて、全体として一語並みの用言のアクセントを形成したのであって、これを、もとの動詞部分と接辞部分とに分解してアクセントを記述することには支障となる問題が多い。
 (5)連体格の助詞「の」は、ほかの格助詞と異なって前接する体言との結合が強く、「~の」という文節単位でアクセント単位となる場合はもちろん、後続の語も含めた「~の~」というアクセント単位を、すでに形成していたとしか理解できない譜記を採取することも珍しくない。