表題番号:1998A-518 日付:2002/02/25
研究課題日本に於ける仏典受容(3)―慈円と講式
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学部 助教授 ニールス・グュルベルク
研究成果概要
 今回の研究は、申請した段階では、慈円の講式を主に挙げていた。ところが研究期間中に大きな発見があった為、慈円の講式以外に、97年度の特定課題研究テーマに関連がある研究も行うことになった。
(1) 慈円は日本の宗教史のみならず、歴史や文学史に於ける重要人物の一人であって、慈円研究は、海外の日本学研究者の間でも特に注目されている。しかし、研究計画書でも指摘したように、これまでの慈円研究では、慈円と講式との関わりは充分には把握されてこなかった。私も、申請時には、慈円の講式作品として四つしか挙げられなかったが、今回の再検討によって、慈円は少なくともその倍の八つの作品を書いており、それらが現存していることも解った。そうなると慈円は、講式作者としてもマイナーな存在ではなく、大家の仲間入りをしたことになる。
研究の中心は、作品論ではなく、慈円の講式が比叡山の組織強化に如何なる役割を果たしたかを検討することであった。その成果は、1998年9月ドイツのボンで開かれた東洋学会第28回大会において、「伝統的僧侶組織の内部でなされた鎌倉初期の改革運動(その一)-天台座主慈円の場合-」という題で発表した(ドイツ語)。尚、原稿は略した形で会議録に収録されることになっている(印刷中)が、全文は現在インターネットのホームページで見られる。この研究結果を日本語で纏めることも予定している。
(2) 慈円の講式研究を進める一方で、97年度の特定課題研究テーマ(明恵の講式)の調査資料から得られた新しい発見を、八月後半に開かれた学術会議の口頭発表し、更に詳しい研究を続けて、二つのかなり長い論文に纏めた。一つは既に刊行され、二つ目の論文も目下印刷中である。
最も大きな発見は、複数作者説の解明であるが、これは、緻密な伝本調査によらなければ発見不可能であった。講式の中でもかなり流布している作品に『光明真言講式』という作品があって、これは古くから知道上人作か、もしくは明恵上人作とされてきた。明恵作説は、明恵が長らく暮らしていた高山寺に伝わっていた説だったが、作品の内容そのものに明恵とは思えない部分が沢山含まれていた為に、こちらの説は、これまで積極的に取り上げることはなかった。
 調査したところ、様々な形で伝わってきた『光明真言講式』は、主に五段式と三段式に分けられることが判った。あまり流布していない三段式は、これまでは五段式の略本であると考えられてきた。しかし今回の綿密な伝本調査によって、三段式は逆に五段式の元になっていたことが判り、しかもこの三段式の作者は、やはり明恵であることを証明することができたのである。