表題番号:1998A-076 日付:2002/02/25
研究課題地政学的に東西にまたがるロシアについての文明論。「ユーラシア主義」思想と平行して、文学、思想一般における「東洋」的特質についての研究。
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育学部 教授 川崎 浹
研究成果概要
 「文明化過程におけるロシア」というのが私の最終課題である。これはатлантизм「大西洋主義」とевразийство「ユーラシア主義」の中間点あるものとして、ロシア本国でも考えられている。「大西洋主義」はヨーロッパ諸国との一体化という発想に基づき、「ユーラシア主義」はロシア民族文化が西欧文化に取って代わるという発想に基づいている。
 私はこうした文脈の中で、ひとまずロシアが西欧の文化をどう消化し、自己独自のものにしてきたかを考察し、焦点をフランスのCONTEと呼ばれる文学ジャンルの一つに絞った。18世紀半ばにロシアの貴族社会はCONTEを輸入して後、これを自分たちの笑いの環境と伝統の中でロシア独自のジャンルとして、呼称も内容も形式も異なるанекдот(アネクドート)を創出した。
 18世紀末から19世紀初めにかけて貴族たちの間で盛んだったアネクドートは、「ニュース性」をもち、「ありそうにないが実際にあった」「思いがけない」「短い物語」で、歴史上の逸話や著名人の人物像が取りあげられた。しかも倫理的な傾向すらあった。特徴的なのは、アネクドートの形式が洗練され、プアントというとどめ(日本語でいうオチ)の効果が鋭くなったことである。
 18世紀前半宮廷に仕える道化(シュート)(шут)はポルトガルやイタリアから連れてこられた人びとで、アネクドート的言動によって人びとを楽しませたが、やがてロシア人の有名な道化たちが登場し、自前のアネクドートを披露するようになる。
 アネクドート創作者の国籍にしろ、アネクドートに登場する人物たちの言動にしろ、そこにはロシア独自の文明、西欧とは異なるロシアの中のオリエント的要素の表出が見られる。