表題番号:1998A-007 日付:2002/02/25
研究課題プルーストの「忘却」のテーマと『逃げ去る女』の物語上の位置
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学部 教授 徳田 陽彦
研究成果概要
マルセル・プルーストの『失われたときを求めて』第6巻「逃げ去る女」(「消え去ったアルベルチーヌ」)の主要主題である忘却は、プルーストがこの中間部の女主人公を第1巻を出版してから途中創造したあと進化・発展したものである。これには、作者プルーストの実人生がふかく関わっている。14年のアゴスティネリの事故死をへて、作者がおのれの内部でその恋人にたいする忘却が生まれたことを自覚したことからはじまった。この自覚が第6巻の忘却論へとやがて結実するのである。
 では、アルベルチーヌ創造以前、すなわち、第1巻『スワン家のほうへ』までのプルーストの忘却認識はどうであったか。作品にどのように反映されていたか、これが今回の研究課題である。
 処女作『楽しみと日々』、死後出版である未完成の小説『ジャン・サントゥユ』、『スワン』までのプルーストの認識は、きわめて単純であった。
処女作から『スワン』まで、彼にとって、忘却とはかつて愛した対象に無関心になることにすぎなかった。登場人物も忘却を語っても、たいして拘泥はせず、ほかの心的現象と区別して探究するわけではなかった。このテーマをめぐって物語が展開されることはなかった。ごく一般的な心的現象にすぎなかったのである。アルベルチーヌにかかわって、かつての自我の死という命題はまだ存在しなかった。やはり、アゴスティネリの死という偶然を待たなければ、『失われた時を求めて』の忘却というテーマは深化のきっかけを見出さなかったであろう。
 以上の内容を学部の紀要にフランス語で発表した。