表題番号:1997A-563 日付:2002/02/25
研究課題束縛理論が示唆する使役の構造について:認知体系に基づく分析
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 理工学部 助教授 片田 房
研究成果概要
生成文法が呈示する代名詞の束縛理論は、心理経験動詞を述語とする文の表層構造には直接適用できないことが多くの言語において観察され、様々な分析が試みられてきた。統語論の枠内で遂行された先行研究は、心理経験動詞を使役動詞の一種と位置づけ、束縛理論をめぐる変則的な現象は使役動詞の主体が意志を伴わない無意志使役構造一般にみられる現象であることを示した。
 本研究では、これらの先行研究が言及しなかった使役文のデータを発掘・分析し、無意志使役文の中でも変則的な束縛性を示さないものがあることを発見した。この発見は、意志使役 vs. 無意志使役という従来の使役文の分類に限界があることを示している。この発見をもとに、無意志使役構造に焦点を当てた分析を行い、次の結論に至った。(1) 使役動詞の主体という文法概念の規定には、認知過程が深く関わっていること。(2) 主体の認知は一文法項目の認知であるが、深層においては述語が関わる文レベルの認知となっており、2種類あること。(3) Franz Brentano(1924)がその哲学的考察の中で呈示した文レベルの判断基準“thetic vs. categorical judgment”の区別が使役動詞の主体の認知に適用できること。(4)この判断過程の分類が意志使役 vs. 無意志使役という従来の分類に取って代わるべきであること。(5)使役動詞の深層上の主体という観点から、無意志使役構造にも2種類あること。(6)使役の表層上の客体が深層上の主体になっているときのみ、変則的な束縛性を示すこと。(7)心理動詞はすべて(6)のケースと一致すること。
 以上、本研究は代名詞の束縛性という統語現象に認知要素が関わっていることを証明し、理論言語学と認知言語学が融合する可能性についての問題提起とした。本研究成果は、第16回国際言語学者会議(於パリ1997年7月)と第24回LACUS Forum(於トロント1997年8月)にてそれぞれ視点を変えた発表を行い、分析の妥当性と普遍性についての確認を行った。
研究成果の発表:1998年12月 Oxford: Elsevier Science Actes du 16É  CongrÉ s International des Linguistes (Paris 20-25 juillet 1997), ed. Bernard Caron, The perceptual structure in binding.