表題番号:1997A-291 日付:2002/02/25
研究課題ハインリッヒ・フォン・クライスト作品のフランスにおける受容研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学部 教授 猪股 正廣
研究成果概要
表記課題に関係する文献を昨年から収集しており、目下それを継続しながら整理しつつある。クライストの作品は多岐にわたっているが、論文にまとめるに当たっては、作家と作品全体の受容史の概略をひとつの戯曲作品に関連させて考察する予定である。
 生前のクライスト自身がフランス及びフランス文学と交渉をもったことは、それ自体論ずるに足るテーマであるが、彼の作品の受容史においてもドイツとフランスの歴史的関係は大きな足跡を残している。ナポレオン戦争当時の時局に根ざした戯曲『ヘルマンの戦い』がドイツにおいて初めて熱狂的に迎えられたのは、普仏戦争前後のビスマルクの時代であるし、第二次大戦後この「愛国詩人」がドイツ本国において閑却されていたときに、その作品を再発見し、とりわけジェラール・フィリップの扮した『公子ホンブルク』の上演によって、クライスト・ルネッサンスとも言うべき機運を起こすきっかけを作ったのは、フランスの都市アヴィニョン(Festival d'Avignion 1951)においてであった。
 フランスおけるクライストの受容史は、大まかに言えば不在から紹介の時期と確立から発展の時期に分けられる。前期には、Mme de Stael や Heine、後期には、Ayrault がその証人となるであろう。
 『公子ホンブルク』の成立に関連する作品としては、K.H.Klause の Mein Vaterland unter den hohenzollerischen Regenten や Livius の Ab urbe condita libli の一節、Karl von FranÇ ois の逸話や Jean Rotrou の戯曲 Venceslas 等が挙げられる。これらはいずれもなんらかの形でフランスとの交渉史を内包しているとも言えるが、こうした研究が既にアヴィニョンの演劇祭以前に発表されていたこと、またその後にいわゆる実存主義的研究の方向が展開されたことをたどり、舞台の成功と研究の発展との関係についても考察を進めている。