表題番号:1997A-247 日付:2002/02/25
研究課題アメリカ合衆国憲法の構造と言論の自由-1798年反政府活動取締法を中心に-
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学部 助教授 川岸 令和
研究成果概要
本研究は、言論の自由を合衆国憲法体制のなかに位置づけて考察するとの立場から、1798年の反政府活動取締法(Sedition Act of 1798)をめぐる論争の検討を通じて、合衆国憲法制定直後の言論の自由のあり様を解明しようとする試みである。
 合衆国憲法の制定そのものが「熟慮と選択」に値するとした説得の結果であり、この憲法体制は出発時点から言論の自由と密接に関連していた。本研究の中心的対象である反政府活動取締法は、連邦派と共和派の政治的対立のなかで制定された。それは野党による政権党批判の封殺を狙ったものであり、その目的に沿って執行された。共和派系の新聞関係者を中心に約25名が本法に基づき逮捕され、10名が有罪となった。しかし、結局、1800年の大統領選挙はThomas Jefferson率いる共和派の勝利に帰し、時限法であった本法は失効した。1800年の革命とも呼ばれるこの平和的政権交代を生んだ選挙は、敵対者の言論の抑圧は有権者の説得に寄与しないという教訓を残した。
 これら反政府活動取締法をめぐる一連の出来事は、一方で、デモクラシーにおける言論の自由の不可欠性を象徴的に示すものであり、合衆国憲法体制のもとでの、コモン・ロー上の伝統的な言論の自由解釈-言論の自由の保障は事前抑制からの解放だけを意味する-からの離脱の開始点と把握される。つまり、「ヴァジニア決議」や「1800年のレポート」に示されたJames Madisonの人民主権の立場からの言論の自由の擁護論が内包する新規さが鮮明になる。ただし、本紛争は、他方で、合衆国レヴェルでは未だ司法審査制は確立していなかったが故に、第一修正それ自体よりも憲法の構造全体こそが言論の自由の保障に資したことをも明らかにする。すなわち、合衆国政府の権限列挙主義・連邦制・権力分立制等の政治構造が、人民主権論に呼応する形で、言論の自由を擁護するのに与って力があった。まさにフェデラリスト・ペーパーで論じられていたように、「広大な共和国」構想は自由に根ざした公共の空間を維持するの大いに裨益したのであった。Warren Court時代に代表される今世紀のリベラルな言論の自由解釈とは異なった、共和主義的な公的自由としての言論の自由像が浮かび上がってくる。
 これまでの研究で得られた以上のような基本的分析枠組みに基づき、William Duane, Thomas Cooper, James Callender等共和派系の新聞編集者が被告人となった具体的事件がどのように推移したのか、今後更に詳細に解明したい。また、触れられることの少ない共和派政権下での同種の政府批判言論がどのように処理されたかについても検討を加えたい。できるだけ近い将来に、本研究の成果を政治経済学雑誌他に発表したいと考えている。