表題番号:1997A-006 日付:2002/02/25
研究課題プルーストの忘却段階論の形成過程
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 政治経済学部 教授 徳田 陽彦
研究成果概要
 マルセル・プルーストは『失われた時を求めて』の第六巻『逃げ去った女(消え去ったアルベルチーヌ)』のなかで、主人公のアルベルチーヌにたいする愛の終焉を“忘却”というテーマで完成させた。彼女が乗馬事故で突然死んでから、話者は完全な忘却へといたる「私」の意識の進展を三段階に設定し、ヴェネチア滞在中に「私」のアルベルチーヌへの忘却は最終的に理論化される。忘却の到着点(第三段階)にみる根本的要素は、アルベルチーヌを「かつて愛した私の自我」が蘇らない、つまり、そうした自我の死である。その対極にあるのが、死んだ祖母が「私」のうちに出現する“心情の間歇”である。ここの復活劇は無意志的記憶の働きによるものであり、その結果、祖母を「かつて愛した私の自我」も蘇る。かつて愛した人の蘇りがおこらない状態(忘却)とかつて愛した人が蘇る状態(心情の間歇)、この二つの相反した心的現象は、「かつて愛した私の自我」が消滅するか出現するかによって、その相貌がきまってくる。それゆえ、プルーストの忘却論の本質は、心情の間歇のネガ(この語のフランス語における二重の意味、すなわち、「陰画」そして「否定」)であるとかんがえられる。
 この忘却論の導入は、プルーストの愛人アゴスティネリの死以降であるが、はやくも約半年後、小説家プルーストはおのれのうちに彼にたいする忘却が進行していたことに気づき、それをアルベルチーヌにたいする忘却の叙述に利用する。また、忘却理論の創造が、12年の物語構想にあらたに組み入れられ、ジルベルトへの愛が異なった相のもとに変貌する。
 以上の内容を学部の紀要に発表した。
研究成果の発表
98年3月 政経学部「教養論学研究」第104号「プルーストの忘却論―“心情の問題”のネガとして」