表題番号:1996A-209 日付:2002/02/25
研究課題意識状態が呼吸活動に及ぼす影響についての基礎的研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 教授 石井 康智
研究成果概要
 【はじめに】病気や運動負荷後のような特別な場合以外は、呼吸は無意識に行われる。一方、東洋に伝わる修行・行法、武道(術)の中には呼吸の仕方を意識的に取り入れている。東洋に伝わるこの伝統は、呼吸状態と精神状態の密接な関連に気付いて利用していたことを示す。一般的には、ある方法で呼吸を行うことが精神の状態(心の状態)を安定させ、リラックス状態をもたらす。長期に渡る呼吸法の実践により、健康状態を増したり、潜在能力開発に好影響をもたらすともされる。
 【目的】行動的変数の一つとして開閉眼状態、意識集中の有無、意識集中の身体部位を変えたとき呼吸にどのように影響するかを検討した。
 【方法】被験者は男女大学生各10名(年齢範囲は20~24歳)。生理的指標は胸部と腹部の呼吸(曲線)及び耳朶容積脈波である。なお日本版状態不安検査(日本版STAI)を実施した。実験は立位で行った。実験デザインは、1.統制条件(開眼時記録60秒、90秒の休憩後に閉眼時記録60秒)、2.頭、足底に注意を向ける練習(各60秒)、小休止の後、3.実験条件〔(「頭頂部に注意を向ける条件」又は「足底部に注意を向ける条件」)×(「開眼条件」又は「閉眼条件」)〕、ただし記録は各90秒、試行間間隔は60秒、4.意識的な胸式呼吸、及び腹式呼吸条件、5.質問紙及び日本版STAIの実施、であった。なお1及び3の中の順序は被験者毎にランダムにした。また試行間間隔時の休憩は椅子に座らせた。 呼吸測度の分析は、呼吸時間(BT)、吸気時間(IT)、呼気時間(ET)、ポーズ時間(PT)、吸気量(IV)、呼気量(EV)、分時換気量(MV)について行った。呼吸の周期は吸気の開始から次の吸気開始までとした。
 【結果と若干の考察】1.閉眼条件は、開眼条件に比べ呼吸時間が長く分時換気量は少なかった。このことは、頭頂注意条件と足底注意条件の開閉眼条件でも認められたが、より少なくなる傾向であった。視覚刺激の有無が意識水準に影響して呼吸測度の結果の違いをもたらせたと言える。注意条件はその意味で、開閉眼による視覚刺激の効果を殺いだ形で意識水準を上げたと考えられる。視覚刺激がストレッサーであるとは言えないがストレス刺激が分時換気量に反映するという指摘もある。知覚刺激そのものによる覚醒上昇の部分と刺激に含まれる意味のストレス度の問題が今後の検討に待たれよう。2.身体のある部位に意識を集中させる課題は、呼吸測度に影響を与えた。「意識集中条件」は、統制条件に比べ呼吸時間は短く分時換気量が多くなった。特に後者が顕著であった。このことは分時換気量が、外的条件の鋭敏な指標になる可能性を示唆する。しかし「緊張しないで注意を向ける」教示が、かえって通常より緊張状態を強いたのではないかと推定される。つまり被験者はある身体部位に注意を向けている実験条件に慣れていない事を示す。内観によると20名中13名が頭頂部分に意識を集中し易いとはしているが、呼吸時間が頭頂集中条件により足底集中条件で短い傾向はこの緊張傾向を反映しているとも考えられる。3.集中する部位で見る呼吸測度の違いは、胸式呼吸と腹式呼吸が分時換気量に影響を与える傾向にあったが、呼吸時間は胸式呼吸と腹式呼吸との間に有意差を認めなかった。しかし被験者がこの様な意識的呼吸になれていない上に、胸式、腹式と言っても両者を完全に分離できないことから、差がないことは当然の結果であろう。呼吸は生命の基本的現象でありながら心理的な影響をも受けることは日常体験される事実である。しかし、行法や修行による呼吸の訓練は長期に渡るものであり、実験は一時的な実験操作で行なわれ、個人特性が出易い。これらの点にも呼吸研究の難しさがあろう。4.日本版STAIと呼吸測度に一定の関連は認められなかった。なお耳朶容脈波はノイズが多く結果の分析は行えなかった。