表題番号:1996A-022 日付:2002/02/25
研究課題血液製剤による事故と民事責任・被害救済
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 法学部 教授 鎌田 薫
研究成果概要
 血漿分画製剤によるHIV感染事故は、血液製剤の危険性を改めて認識させた。この事故は、すべての先進国においてほぼ同時に極めて深刻な被害が大量に発生したことを特徴としている。このことは、HIVの特質に由来する側面とともに、血液事業に内在する構造的な欠陥によって被害が増大されたという側面を無視することができないということを物語っている。
 我が国においては、この点に関し、1)血漿分画製剤が、民間営利企業によって製造されていたこと、2)原料血漿の大部分を米国からの輸入に頼っていたこと、および、3)産官学の癒着の体質などに起因するものとする見解が有力である。そして、輸血用血液製剤については、1)血液事業を非営利の日本赤十字社が担っていること、2)無償・任意の献血による国内自給体制がとられていること、3)世界最高水準の安全確保措置がとられていることなどの理由によって、深刻な問題はないものとされている(それと同時に、血液事業者の側からは、世界最高水準の安全確保措置をとっていてもなお輸血による事故は不可避であり、輸血用血液製剤を一般の商品と同じように製造物責任法の適用対象としたことは、血液事業の円滑な遂行に著しい障害になっているという趣旨のキャンペーンがなされている)。
 しかしながら、同じように血漿分画製剤による深刻なHIV感染事故が発生し、政府高官の訴追問題などでマスコミをにぎわしたフランスにおいては、血液事業は非営利の公法人・公益法人による公役務とされ、かつ、HIV感染事故が生じた1980年代初頭には、輸血用血液製剤についても血漿分画製剤についても、ほぼ無償・任意・匿名の献血による国内自給が達成されていたのである。しかも、フランスにおいては、血漿分画製剤による感染者よりも輸血によるHIV感染者の方が多数を占めている。
 こうした事情から、フランスにおいては、国会を中心とした血液事業の抜本的な見直しがなされ、血液事業・血液行政の特殊専門化傾向の問題性、「国内の無償献血を基礎とした非営利の血液事業」に対する過信の危険性等を指摘して、血液事業に関する行政組織・血液事業者等の抜本的な再編及び血液事故監視システムの構築等を内容とする大規模な法律改正がなされ、血液製剤の事故防止措置についても極めて厳しい基準が適用されるようになっている。
 日本とフランスとでは社会的な環境は異なるが、それでもなお、フランスにおける事情は、日本における「国内の無償献血を基礎とした非営利の血液事業」に対する無批判な「信奉」に反省を迫る素材を与えている。
 本研究においては、1)フランスにおけるHIV感染事故の概要、2)血液製剤によるHIV感染事故の被害者救済制度の紹介、3)血漿分画製剤及び輸血用血液製剤に起因する事故の民事責任に関する判例及び学説の分析、4)血液事業をめぐる法律制度・行政組織の改正の紹介、5)血液事故監視制度及びその運用実態の分析等を行った。その成果の一部は、座談会「血液・血液製剤被害と今後の安全・救済対策」ジュリスト1097号(1996.9)、論文「フランスにおけるHIV感染事故の被害者救済と安全対策(上)」ジュリスト1097号(1996.9)、学会報告「シンポジウム・輸血制度の今後の課題と展望」日本輸血学会関東甲信越支部会(1996.12)などで発表した。
 なお、これに関連して、日本輸血学会インフォームド・コンセント小委員会委員に任命され、「輸血におけるインフォームド・コンセントに関する中間報告」を発表するとともに、その最終報告に向けた作業を継続しているほか、厚生省の委託に係る輸血情報調査「我が国における輸血説明・同意書の調査研究」(班長:松田保・金沢大学医学部教授)にも従事している。