表題番号:1995B-030 日付:2002/02/25
研究課題近代イギリスにおける消費生活と文化
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学部 教授 中野 忠
(連携研究者) 理工学部 教授 安吉 逸季
(連携研究者) 理工学部 教授 曽我 昌隆
(連携研究者) 理工学部 元教授 木名瀬 亘
研究成果概要
 本研究は、16世紀から19世紀のイギリス社会における消費生活と文化の関係を実証的に解明することを目的とする。財貨(モノ)だけではなく各種のサーヴィスや情報をも含め消費の歴史を考えること、消費を「文化」の一様式としても捉えること、新しい消費文化の展開を都市化の過程と関連ずけて論じてみること、これがこの共同研究の出発点であった。
 まずこのテーマに関連したこれまでの研究成果をそれぞれが分担してサーヴェイするとともに、ロンドンを中心とする17、18世紀の新聞広告に見られる商品の種類、商工人名録・住人表・投票人リスト・死亡率表・遺産目録等から窺われる人口・社会構成・職業分布、動産所有状況、Early English Books の総カタログから推定される印刷物の時代別の傾向等を分担して分析・解明した。その結果、とりあえず次のような結論に達した。
 (1)イギリスにおける消費文化の歴史における最初の大きな転換点は、17世紀後半から18世紀20年代にかけてのロンドンに求められる。重要な契機のひとつは、ジェントリ階層の居住地区であるウェストエンドの成長である。これに伴い、法律、医療、娯楽、家事奉公などのサーヴィスに対する「市場」が形成されるとともに、郊外における絹織物等の新しい手工業製品の市場が生まれた。
 (2)16世紀には男性が多かった都市人口の性比は、17世紀後半に逆転した。そのため「家庭」「家事」あるいはとくに女性をターゲットとした財やサーヴィスの市場がしだいに形成され、マーケットの feminization とでも呼べる現象が出現しはじめた。
 (3)ロンドンに形成されはじめた新しい消費文化は、17世紀後半以降、拡大に向かう地方の中心都市へ伝播していく。それを受け入れる共鳴盤となったのは、ヴィクトリア朝期の「中間階級」に先立って、地方都市で成長してきた「中位階層 middling sort of people」と呼ばれる人々である。
 以上を踏まえて、次の二つを中心に共同研究作業を行った。
 (1)地方都市における消費文化の具体的展開を解明する。事例として北部の都市ニューカスル・アポン・タインを取り上げ、市民が所有する動産の種類、額、部屋数、用途等を明らかにできる遺産目録と遺言書の分析を進めた。Durham University には数万通を超えるこれらの史料が未整理のまま保管されており、その中から関連するものをピックアップし、1620年代までのものについてはデータベース化と分析をほぼ完了できた。だがそれ以後のものについては、現在もマイクロフィルムにより解読・分析を継続している。
 (2)18世紀末から19世紀にかけて商業的成功を収めた文学を中心に約5000のテキストについてデータベースを作成し、消費、市場、文化、余暇といったキーワードと、それに関連する二次水準の語・語句のリストを作った。また全作品の語・語句の標準頻度表も作成し、それらを相互に比較対照することによって、印刷物のレベルにおける新しい消費生活や物質文化の浸透を、数値的に表わすことができた。本研究課題について収集したデータの量は当初予測したよりも大幅に多くなったため処理の作業に時間がかかっているが、これらのデータ分析が終了しだい、最終的な結論を出す予定である。