表題番号:1995A-250 日付:2002/02/25
研究課題H.v.クライスト『ヘルマンの戦い』研究
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 商学部 教授 猪股 正廣
研究成果概要
ナポレオン戦争時代に,きわめてアクチュアルな政治劇として執筆された『ヘルマンの戦い』は,公刊後しばらく歴史劇として一部の人々の評価を受けるにとどまっていたが,1870年から71年までの普仏戦争後,本格的に生き返ることになった。この作品はこのとき以来その時々の政治情勢と結びつくことで見直され,現代化されてきたのである。再評価の波を示す資料の数は,ヴィルヘルム2世時代,ヴァイマール共和国時代,国家社会主義時代の順に多く残されているが,いくつかの文献を参照しながら戦前の流れを概観した後,戦後の東西ドイツにおける動向も視野にいれて,現代に至るまでの受容史を整理してみた。
この作品はつい近年まで,その政治的内容については係争の余地がないように思われていた。しかし,特に1882年にボッフムでクラウス・パイマンによる新演出が行われて以来,時代を越えた意味決定可能性があらためて問われるようになってきている。プロパガンダとしての伝達あるいは書信のモチーフに注目すれば,クライストのもつ特性のひとつである世界市民的な立場からする文明批評の洞察が,この作品の一見愛国的な結末において,未解決のまま残されていることが明らかになる。それを作品の破綻とか一貫性の欠如であるとみるか,意図された効果あるいはクライストの政治的立場の不可避的表明とみるか,見解の分かれるところであろう。
こうした点を扱った論考を本年中に学部紀要に発表する予定であるが,世界市民的文学と愛国的文学の問題については,これを彼の同時代人のゲーテ,シラーなどの古典主義,あるいはシュレーゲル,ミュラー,ゲレスなどのロマン主義と比較して,より広く考察することを今後の課題としたい。