表題番号:1995A-200 日付:2002/02/25
研究課題清末上海の劇界と伝統演劇の近代化-社会史的な視点から
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 演劇博物館 助手 平林 宣和
研究成果概要
本研究の目的は,筆者が従前より行ってきた上海新舞台に関する研究をさらに深化させ,これまで新舞台にのみ限っていた記述の対象を,清朝末期の上海の劇界全体に拡大しつつ,その近代化の様相をより体系的に把握することにあった。
それまでの演劇の近代化の進展が,民間をベースとした商業的上演の文脈において,特に上演の形態面でのみ生起していたのに対し,清末上海の劇界の様相として最も特徴的なのは,当時の新聞,雑誌などマスメディアに言論活動の場を求めていた近代知識人が,革命思想と民族主義の勃興にともない,プロパガンダの武器として頻繁に演劇との接触を行い始めた点である。
本研究の具体的作業においては,資料からの情報量が限られる劇界内部の事情より,むしろ演劇近代化を推進する言説を巷間に流通させた知識人,および彼らが利用した伝達媒体である新聞,雑誌を中心とするマスメディアなど,当時の演劇をとりまく環境自体の検討へ,重点をシフトさせる方針とした。これまで上海の主力紙である『申報』を資料の基軸としてきたが,加えてその他の副刊や天津など他地域の資料を視野に入れ,また個々の知識人の思想,行動にも目を配ることにより,当時の演劇を巡る社会の見取り図が徐々に輪郭をあらわにし,そこからの逆照射で演劇もまたその姿を鮮明にする結果となった。
しかし,当時の演劇が知識人の管制下に入っていたわけでは決してなく,実際上,演劇の上演に携わる人間が身を置く社会の下層部,国外からの思想を伝達,流布させて演劇を変容へと導く近代知識人ら社会の上層部,および劇場に集まる種々雑多な人々という中間層の,少なくとも三つのレベルの相互作用の実態を析出する必要性を痛感した。当初から社会史的視点の導入を研究の基軸に据えていたこともあり,民衆史と思想史の接点に現れた文化史,社会史的な事象として,今後も研究を続行する予定である。