表題番号:1995A-168 日付:2002/02/25
研究課題マキアヴェリ政治秩序観念に関する思想史的研究-現実主義と歴史-
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 社会科学部 助手 厚見 恵一郎
研究成果概要
95年度は,論文(1)において,マキアヴェリの「現実主義」的な秩序観と人間観の成立を確認し,それを前提とした歴史叙述の手法と共和主義の倫理観および国家観を検討した。マキアヴェリの「現実主義」的な秩序観は,普遍的な実在規範が消失しながらもなお近代科学的な構成主義的秩序観が未成立であった時代にもたらされた世界像の動態化を前提としつつ,自然ではなく人為の力によってそれを秩序づけようとしたものであり,その際このような世界の動態化それ自身が,臨機応変な規範としての循環する歴史の物語を倫理基準として要請していったことを確認した。
また,論文(2)では,マキアヴェリ政治思想のなかに政治倫理の基準としての循環的・教訓的歴史が登場する経緯に焦点を絞って,古代との連続・非連続を考察した。マキアヴェリにおいて,哲学の補助手段でも事実の混沌とした集積でもなく教訓の宝庫としての歴史が成立しうるのは,歴史が秩序と無秩序の往復と考えられたからであり,循環する歴史(=フォルトゥナ)への期待があったからである。マキアヴェリにとって,世界は実体的形相の複合体ではなく,上下なき一様な運動の必然性であり,機能的に一元化された同質的空間と映った。人間はどの時代にも同じであり,古代と現代の隔たりは同一平面上での相対的なものにすぎず,しかも歴史が循環し繰り返すとすれば,過去の偉人と現代のわれわれは似通った経験を共有することができるし,過去に実際にあった栄誉はこれからも実現されうるであろう。歴史とは,一方向へと不可逆的に進展する普遍的な理念の実現過程ではなく,各時代各民族の文化の個性をひとつの典型として後世に伝え,永続的にその民族の文化を価値あらしめるような,想像力で補われた史料にもとづく描写である。マキアヴェリの政治学は,現実政治の客観的な観察から出発して,状況に応じた政策を提示しようとする帰納的性格だけでなく,歴史世界の同型性という前提のもとに,古代ローマを模範とした理念的人間像から出発して現実を構成していこうとする演繹的性格をももっているのである。
マキアヴェリにとっては,目的論と因果論がひとつになり,すべてを呑み込む必然性をもって目標に向かっていく直線的な普遍史観=歴史全体法則主義は,個々の出来事の独立した意味を歴史法則の必然によって薄めてしまい,過去の軽視を招くものであった。こうした必然から過去の生の事例の意味を救出し,それらを現在の生という「現実」に生かすことこそが,政治と秩序をつなぐ「現実主義」的な教訓的歴史の役割であった。
可変的なものを独立して考究しようとするこのようなマキアヴェリの立場は,価値や意味は多元的なものとして個々の実例に内在していると考えるローマ的な歴史編纂の前提に則っている。そこでは,特殊を総合するための中心的な契機として「時間」を要請するような歴史概念は不要であった。個別を取りまとめて意味を付与し,たんなる実例の集積を教訓の手段たる「歴史」たらしめるものがあるとすれば,それは一定方向への時間の流れではなくて,あらゆる出来事がそれへと回帰する中心的かつ決定的な唯一の「はじまり」--すなわちローマの都市の「創設」という事件--だったのである。マキアヴェリが,現在の生に奉仕する歴史の模範をローマの創設時代に求めるのも,循環史観の始源回帰的性格のゆえであろう。
論文(1)「マキアヴェリ-共和主義・国家理性・歴史」(藤原保信・飯島昇蔵編『西洋政治思想史I』,新評論,1995年5月)
論文(2)「政治と秩序をつなぐもの(上)-マキアヴェリと政治の秩序(5)」(『早稲田社会科学研究』第51号,1995年10月)