表題番号:1995A-083 日付:2002/02/25
研究課題作動記憶理論に基づく痴呆症診断検査の作成:認知発達心理学の新しい応用分野の探索
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育学部 教授 並木 博
研究成果概要
本研究は,認知発達心理学の近年の展開の中で生れた作動記憶理論に基づいて,老人性痴呆症の神経心理学的診断検査の開発を企図するものである。作動記憶とは,外界から入力される情報を処理すると同時に,処理されたものを短い時間貯蔵するといった短期記憶の働きである。作動記憶はもともと幼児期から成人期に至る認知機能の発達的変化を解析するための理論的概念であったが,最近では実年期から老年期へと顕著に見られる認知機能の低下を説明する概念として極めて有効であることが知られるようになった。筆者はこのような知見を踏まえて,東海大学医学部神経内科篠原幸人教授,山本正博助教授との共同研究として,約三年半前にこの診断検査の開発に着手した。
当初は筆者自身の認知発達研究で用いた課題に加えて,老人に特徴的な知能の働きを考慮して作成した課題を含む14種類の検査項目を用いて臨床データを収集し,施行上の問題点,困難度,及び因子分析の結果を勘案して4種類のみを検査項目として残すこととした。
過去約一ヶ年の間に約30名分の検査得点を確保し,これらの因子分析の結果,単一の因子のみを測るいわゆる均質テストの構造をもつことが明らかになった。筆者はこの因子を作動記憶因子と解釈しているが,これに関してはさらなる研究の積重ねを必要とする。また,得られた得点より,作動記憶理論に基づく,項目困難度の理論値の計算,均質テストの性質による尺度解析,他の臨床的検査得点との相関係数等の分析をほぼ終え,テストの妥当性の検証の最終的なツメとして,MRIによる画像診断その他の神経生理学的マーカーとの関連性を検討しているところである。
また,医療機関で本検査が医家によって用いられるべく完全な検査施行マニュアルを作成中である。筆者等の開発した検査が,痴呆症のスクリーニングと治療効果の判定の一助として役立てられることを期待して止まない。