表題番号:1995A-077 日付:2002/02/25
研究課題ヨーロッパにおける政治と芸術の関わりについての思想史的考察
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 教育学部 教授 高橋 順一
研究成果概要
本研究の背景にあるのは,19世紀において頂点を迎えた「近代」という時代性の全体的構造を把握したいという問題意識であった。その際の認識の重要な導きの糸となったのはJ.ハーバーマスの『近代の哲学的ディスクルス』における「二つの近代」の相関関係のシューマであった。すなわち主として政治・経済領域において進行した「社会的近代」と,文化,とりわけ芸術の領域において進行した「文化的近代」のあいだの相関関係であった。すでに19世紀初頭のドイツ・ロマン派において明らかであったように,「社会的近代」がもたらした「脱神活化-合理化」のプロセスは,そこに生じた物象化現象や共同体的帰属意識の解体等による精神的・内面的空白ゆえにそれへの激しい反発,対抗を招いた。そこから「社会的近代」に対抗するもう一つの近代(対抗的近代)としての「文化的近代」が形成される。それは,すでにカント・ヘーゲル・シラーの芸術論にも部分的に含まれていた美の社会に対する自律的な批判・反省機能をさらに拡大させて,「社会的近代」の次元における国民国家一市民社会体制への流れに対抗するオルタナティヴとしての意味を持つに至った。この「文化的近代」-私としては「美的近代」という用語を用いたい-は19世紀近代において両義的意味を有している。
すなわちその批判的・反省的機能による「社会的近代」へのたえざる問題の投げかけというアクチュアルな側面と,後にナチスへと到り着く保守革命的反近代の源泉としてのネガティヴな側面の両義性である。私はこの両義性を具体的にR.ヴァーグナーの「芸術=革命」(その体現としての「総合芸術作品」)の理念を通じて検証しようとした。このことは「美的近代」のもう一人の焦点であるニーチェに対する考察(『ニーチェ事典』参照)と深い関連を持つ。ヴァーグナーについての考察を一書にまとめえた現在,この問題をさらに包括的な「政治と芸術」の考察へと深めたい。