表題番号:1995A-040 日付:2002/02/25
研究課題仏教における帰謬法の研究-インド・チベット仏教論理学における帰謬法の解釈
研究者所属(当時) 資格 氏名
(代表者) 文学部 教授 岩田 孝
研究成果概要
印度後期大乗仏教の思想史的な発展は,仏教の諸学派とそれ以外のバラモン系の諸学派との間の対論に依るところが大きい。そこでは,認識論・存在論・宗教論などにおける諸問題が討究されているが,それらの論述はすべて印度における共通の論証方法に基づいて行われている。その論難の基礎となっているのが印度論理学での推論である。法称 (Dharmakirti ca. 600-660 A.D.) は,仏教の側からの推論説を確立した学匠である。
今回の研究は,仏教論理学の基本テキストである法称の『知識論決択』,特に,その中の第三章である。「他者の為の推論章」を取り挙げ,妥当な推論を成立させる為の条件は何か,という問題意識のもとに,他者の為に構成する推論の定義を考察した。この他者の為の推論が,他者との対論の際の共通な議論の場となるのであるが,それと並んで,対論の手段として頻繁に用いられた論法が帰謬法 (prasanga) である。しかし,帰謬法が妥当な論法であることは,暗黙のうちに認められていただけで,その証明は十分になされていなかった。その点を明確に証明したのが法称であり,その証明が上述の著作の第三章に記述されている。この帰謬法の妥当性を積極的に支持する法称の言説は,極めて難解である。そこで,原典の翻訳の直後に,コンテクストに意趣された内容に対して,可能な限り説明を加え,論旨を読み取り易くした。今年度は,これを,日本語訳注の形で『東洋の思想と宗教』(第13号,1996,pp. 1-23)に発表した。平成九年度には,その独語訳注をウィーン大学の研究誌に掲載する予定である(受領済み)。
帰謬法を巡る諸解釈は,印度のみならず,チベット仏教にも影響を与えている。その一例として,Bu ston
(1290-1364) の帰謬法論を分析し,印度仏教での帰謬法の解釈が,チベットにおいてどのように捉えられていたのか,という点を明らかにした(『今西順吉博士還暦記念論集』受領済み)。また,昨年(1995年)オーストラリアで開催された国際チベット学会での発表では,法称の注釈者が捉えた帰謬法論の解釈を取り挙げ,特に,宗教的な立場に立つPrajnakaragupta(八世紀後半)による帰謬法論の解釈を明らかにした,そして,その思考方法が,法称の著作に対するチベットでの最初期の注釈(十一世紀)にも受け継がれていることを示した。
この成果はProceedings of the 7th Seminar of the International Association for Tibetan Studies
(forthcoming) に収載される予定である(受領済み)。国際チベット学会には三百人を越える世界の学者が参集し,旧知の諸学者との学術的な交流を行うことができた。そこで論題となった諸問題については,学会での主な発表の紹介と共に,『東方学』(第91輯,1966,pp. 143-150)において報告した。